殺したがり

「イルカ、おヌシに暗部をつける」
 笠を被った老人、猿飛ヒルゼンはそれだけ言い渡すとくるりと後ろを向いてしまった。
 火影室に呼ばれた時に僅かに高鳴っていたイルカの鼓動はすぐに通常の速度に戻ってしまう。
「それはオレを暗部に入れるって訳じゃなくて、監視をつけるってことですか」
「そうじゃ。詳しくはそやつから聞け」
 そやつ、と火影が煙管で指し示した場所にはいつの間にか一人の男が立っていた。
 狗の面とその上から覗く銀色の髪、引き締まった身体の二の腕には赤い刺青。紛れもなく暗部だった。
 イルカは火影の背中を数秒見つめた後、諦めたように声を漏らした。
「・・・御意」
「失礼致します」
 イルカの返答を聞くや否や暗部の男がさっさと部屋を出て行ってしまったのでイルカも一礼してその後を追う。
 火影が一人残る部屋では甘い匂いの煙が漂うだけとなった。


******


「『殺したがり屋』のうみのイルカくん、ご機嫌ナナメ?」
 暗部の男がひらりとイルカの横に立つ。忍びとして一流の人間の身のこなしだ。
「オレはそんな商売始めた覚えはありません」
 そ、と言ったきり男はまた黙ってスタスタとイルカの前を歩く。
 そうして辿りついた先はアカデミーの空き教室だった。暗部はさっさと教卓に腰掛けてしまう。イルカは少し迷って一番前の机に座った。
「ここでいいや。俺は狗面、名前を教えられないのは分かるよね?」
 イルカが頷くと男は続けた。
「うみのくん暗部になるために最近の任務でずっと怖い眼して仲間を見てたデショ?  普通の忍びが気味悪がって一緒に任務したがらないように。火影様に意図ごと報告してあるからね」
「・・・そうですか」
 どうも暗部の男はその話に関しイルカの返事を期待していないようで、時折足の裏を打ち付けたりと勝手なことをしている。
 だがイルカがそれきり何も話さないのに焦れたのか、少々首をかしげて話始めた。
「うみのくんね、暗部ってちゃんと人間に戻れる人しか選ばれないの」
 暗部の割には話好きだなぁと思い始めたイルカの思考が停止する。
「『人殺し』サイドに落ちて行きそうな人間はなれないよ」
 忍びの仕事も様々だが、多かれ少なかれ『人を殺すこと』がついて回ることになる。
 しかしそれでも尚『忍び』であり続けることが必須である。暗部なら尚更だ。忍びは決して殺人の道具ではないのだから。
「分かってます」
「ま、そう硬くならないで。うみのくんが『そっち』にならない人間だって俺が判断できたら暗部にしてくれるみたいよ?」
 イルカが膝の上に置いた両手をぐっと握ったまま俯いてしまったので、暗部は「今日はこれでおしまい、オツカレサマ」と言い置いてどこかへ去ってしまった。
 窓の外が闇に包まれても、イルカはまだその場から動かなかった。


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