殺したがり

 夕暮れのアカデミーで別れてから二日後、 暗部の男の使役する忍犬から「トラップ準備のため西の森の前で二時間後」という伝言を受け取り、 イルカは慌てて支度を始めた。
 小柄な見た目に対し随分と渋い言い回しをするパグ犬で、イルカはなんとなく好感を持った。
 幼い頃近所で飼われていた犬に似ているからかもしれない。
 名を訊ねると「パックン」と名乗ったので敬意を込めて「パックンさん」と呼ぶことにした。
 パックンは少々照れくさそうにしながらも満更ではなさそうで、それからは少し砕けて会話を交わした。
 彼から仕入れた情報によると今日は西の森の奥に棲みついた盗賊集団殲滅作戦の第一段階のトラップ設置らしい。
 暗部にくる任務にしては易しくないかと問うと
「ヤツと組む間、お前さんには暗部と正規任務の間のような仕事が回される」と教えてくれた。実のある情報だ。
 どうやら男の言っていたことは真実のようだ。 来るかもしれない暗部転属の日に備えたお試し期間も兼ねているのだろう。胸が高鳴る。
 「いつもの任務よりキツいかもしれんが、まあ頑張れ。また後でな」と言い置いてパックンは去った。
 イルカも気合を入れ直し普段より強力なトラップを仕掛けられる装備を整える。 頭の中で自分なりの応用などをざっとさらって自宅を出た。
 イルカは約束の時刻の十分前に集合場所に到着したが、結局暗部が来たのはその一時間後だ。
 男からは遅刻に対する一言はなかったけれど、 その隣に着くパックンが視線で謝罪したのでそれで済ませることにした。 男の機嫌を損ねて火影に捻じ曲がった報告をされてはたまらない、という理由もあったが。
「じゃ、行くよ」
 男は振り向きもせずに手近な樹の上へと跳んだ。後を追う。
 舌を巻くようなスピードだが、ここで音を上げては何もかもがパァだ。チャクラの流れをスムーズにすることを心掛けて枝から枝へ。
 男は葉を揺らすことはなかったけれどもイルカはずっとそうという訳にもいかない。風が葉を鳴らす音に紛れさせるのが手一杯だった。
 何時間走っただろうか。男が制止の合図を出した。停止し、静かに息を吐く。
 そこは木々で巧妙に入口が隠された洞穴だった。暗部の休憩地点なのかもしれない。
「ここで野宿。先寝て。半刻で交代」
 イルカは慌ててマントで体を包み、目を瞑った。休める時に休まなければ持たない。脳に、瞳に、体に「休め」と命令を送る。
 やがて、イルカはすぅと寝息を立て始めた。


******


 幼い寝顔。
 暗部の男こと、はたけカカシはイルカの閉じられた瞼をじっと見つめた。
 火影から彼の深層心理を探るように命を受けている。九尾の事件後ずっと気に掛けていたのに、いつの間にかこのような『殺したがり』になっていたのだという。
 何者かの術を受けていたとしたら一大事じゃ、と里長は告げたが本当はこの青年が可愛いだけだろう。
 実力は確かにある、だが心が不安定だ。パックンとは少々打ち解けたようなので、人間不信の一環なのかもしれない。
 ちゃんとすれば人好きのする顔なのにね。
 現在気を張ることを止めたイルカの表情は健やかで、鼻の頭に通る傷も愛嬌となっていた。
 笑えば、可愛いんだろうな。
 そこまで考えて自重した。カカシの任務はあくまで彼の心を探ることだ。解れようと解れまいと関係はない。
 さっさと仕事を済ませてしまおうとカカシは面を取り、写輪眼を開いた。
「イルカ……」
 寝ぼけながらうっすら開かれた深淵の瞳に、紅い邪眼を合わせる。
 そしてカカシはイルカの”内部”へと侵入を果たした。


******


 暗闇を予想していたが決してそんなことはなく、そこは古い門構えの一軒家だった。
 庭には柿の木が植えてあるものの、実は一つも付いていない。
 誰もいない家の中を歩き回ると、畳に一点の染みが見つかった。
 ――――ここか。
 カカシはそこに掌をかざすとチャクラを針のように細くして突き刺した。
 染みが広がり、闇を携えた深い穴が現れる。
 迷わず飛び込み、探索する。この術は体力を使うため躊躇している暇などない。チャクラを闇の中にハリネズミのように伸ばして、何かを感知するまで歩き続ける。
 やがてカカシの左前方に生体反応が現れた。すぐにチャクラを温存に切り替え、そちらへと駆ける。
 果たしてイルカはそこにいた。だが、一人ではなかった。
 イルカの足下には黒い髪の子供が蹲っていた。その子供を、イルカは容赦なく蹴り上げる。
 子供は吹っ飛んだ。だがじりじりと己を蹴り飛ばしたはずの男へと這って行く。
 異様な光景だった。
 その異様さに拍車を掛けたのは、子供が顔を上げた瞬間だった。
 目が合った、と同時に子供の特徴が浮き彫りとなった。顔の中心には、一筋の傷が走っている。
 それは、容赦なく暴力を振るう男と同じ場所に。
 そして彼らは成長度が違うだけの、同じ顔をしていた。
 カカシはそこで意識を浮上させた。


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