今日は俺が淡い想いを寄せるうみのイルカくんの誕生日、ご両親のうみの夫妻は緊急の任務で里外へ。
涙ぐみながら両親を気丈に送り出すイルカくんは超絶可愛かった。
肩を落としながら洗濯物を取り込む背中を抱き締めたい、カレーを温めながら何度も吐く溜息ごと口付けたい。
欲望が溢れてきて危ない場面が多々あったけれど何とか押さえ込んだ。
イルカくんの自宅の顔を記録出来る滅多にない機会だから、こんな段階で出て行って警戒されてはたまらない。
うみの夫妻のいる日は気配を悟られるため遠くから眺めることしか出来なかったため、今日は千載一遇のチャンスだ。
イルカくんはそんなに食べられるの?と心配したくなるくらいお皿にご飯を山盛りにして、少し考えてからその中心をへこませた。
カレーを慎重に流し込んだ後の表情はキラキラと満足げで、俺は迷わずシャッターを切った。
「いるかるでらー、るでらー。まんなかべっこん、いるかるでらー」
どうやらあの盛り方は『イルカルデラ』と呼ぶらしい。
なるほど、カルデラ湖の形状に似ている。勝手にちょっと抜けた子だと認識していたけれど、知識量は思ったよりもあるみたいだ。さすがうみのご夫妻の一人息子。
「母ちゃんのおっぱいよりボイン、いるかるでらー」
「フフッ」
しまった、とんでもない歌詞と待機室で胸の大きさを気にしていたうみのさんの様子がドッキングしてつい笑ってしまった。
案の定イルカくんはご飯を食べるのを止めて家中の点検を始めてしまう。
悪いことしちゃったな、折角のお母さんのご飯だったのにね。
天井裏に潜む俺に気づかなかったイルカくんはガツガツとカレーを胃に押し込んで、歯を磨いてお風呂に入らずに布団に潜り込んでしまった。
ああ、俺の馬鹿! 今日のメインの一つのお風呂を自分のせいで逃すなんて忍びとしてやっていけないぐらい馬鹿!
どんな任務でも気を緩ませたことなんかないのに相手が好きな子だから油断してしまった。
俺は泣く泣くパジャマに着替えるイルカくんを写真に収めることに専念した。
朝風呂に入るつもりなのかパンツを変えていない。畜生、お風呂に入っている間にパンツも新品のものと交換しようと思っていたのに。
イルカくんの潜った布団はこんもりと盛り上がっている。上からぎゅうってしたい。
いや我慢我慢。寝顔も撮りたいけど焦ってはいけない。夜は長いのだから。
しばらく伺っていると、ころん、と転がった拍子にイルカくんの健やかな寝顔が明らかになった。
見てる俺の方が幸せになるほど気持ち良さそうだ。
ところがだんだん様子が変わってきた。「んー」「むー」とうなされ始めたのだ。怖い夢でも見ているのだろうか。
起こした方がいいのかもしれない。でも苦痛に歪むイルカくんの表情もそそられるしもう五分したら外から物音を……なんて考えていると突然の爆撃があった。
「ん…ふ……」
ナニコレーーー!!
エロい、エロいんですけど!?
寝言がエロいんですけどこの子ーーー!!!
股間のはたけくんがぐんと膨らんだと同時に追撃がなされた。
「んん……ふぁ……あ、あーーーっっ!!!」
その声だけで俺は射精した。イルカくん恐ろしい子!
小悪魔なイルカくんは叫ぶと同時に目が覚めたようで、起き上がり布団の中を覗き込んでいる。
時を同じくして天井裏の俺の元にかすかに届くこのニオイ……まさか。
イルカくんが布団から這い出て電気を点けた。
ズボンもパンツも穿いてない下半身だけサービス満点のショットに頭で考えるよりも早くシャッターを切る俺。
蛍光灯の灯りの下で確認される染み付きの布団。
確定した。布団にイルカくんの黄金水が染み込んでいる。
イルカくんはちんこ丸出しでへたりこんだ。
初代火影様、俺は畳になりたいです。
「怒られる……」
夢中になり過ぎてカメラのフィルムが切れてしまったので慌てて取り替えている内に、なんとイルカくんは布団カバーにシーツ、更にパンツとズボンを洗濯機に放り込んでしまった。ああ、俺の宝物(予定)が!
「お布団、どうしよう」
そう、残るは布団だけ。
便器に変化する以外に俺がイルカくんの黄金水を手に入れるチャンスは今後訪れないだろう。それはそれで楽しいかもしれないけど便器の撤去が大変そうだ。
それに十歳になったその日におねしょしちゃったイルカくんのプライドも傷ついただろうし。これでご両親にまで怒られたら可哀想だ。
俺は覚悟を決めて部屋に降り立った。
「泣かないでイルカくん。その布団、五万で買うから」
あれ、ただ慰めようとしたのについ本音が漏れちゃった。俺ってばうっかりさん。
「え?」
涙目でこちらを見るイルカくんの愛らしさは、遠くからや天井裏から覗いていた比ではなかった。
彼の瞳が俺を捉えている、それだけで胸がドキドキする。駄目だ、押し倒しちゃ駄目だ。
間近でちんこを隠そうともしないイルカくんがこの時だけは恨めしかった。
「あの……?」
イルカくんは何か考えている。五万じゃやっぱり足りなかったかもしれない。なにせ黄金水だから。
「足りない? じゃあ十万でもいいや」
本音は止まることを知らない。うーん、俺イルカくんオークションがあったら破産するかも。
俺が両手をパーにして差し出してもイルカくんは首を振った。
「え、えっと、売らないよ。だってお布団なくなったらボクが寝るとこなくなっちゃう」
それもそうだ。子供のイルカくんでは一人でお布団は買いに行けない。
では……。
「……じゃあ代わりの布団持って来たら売ってくれる? おんなじの買ってくるから」
俺の提案の意味を反芻するように「おんなじの……」と呟き小首を傾げて考えるイルカくんの魅力は筆舌に尽くしがたい。
二度目の暴発を俺は精神力だけで食い止めた。エリートの名は伊達じゃない。
イルカくんはうんうん唸って、突然ぺかーっと頭の上に電球でも乗せたような笑顔を見せてくれた。
「お金はいらないから、新しいお布団が欲しい!」
俺は彼のその無欲さに感動を覚えた。
どうやら先程のイルカくんの逡巡は、布団の値段についてではなく本当にただ寝る場所がなくなって困るからについてだったらしい。なんて良い子なんだ。
お兄ちゃん感動しちゃったよと手拭いで目頭を押さえようとしたところで、イルカくんは素直に素朴に思ったのか答えにくいことを訊ねてきた。
「でもお兄ちゃん、なんでそんなことしてくれるの?」
鋭い。ふふふ、しかし今日は立派な大義名分がある。
「んー、イルカくんの誕生日プレゼントかな」
さらりと答える俺超カッコイイ。イルカくんも同意見だったようで
「本当!? お兄ちゃんありがとう!」
と、光度MAXの天使の笑顔を惜しげなく見せてくれた。
更に脳内には『お兄ちゃん』という言葉がリフレインされる。俺には弟も妹もいないからこれが初めての『お兄ちゃん』。
そしてそれよりも俺の胸を熱くさせるのがイルカくんの「ありがとう」の一言だった。
ストレートに好意を投げかけてくるこの子がこれまで以上に愛おしい。
だからつい嬉しくて笑ってしまった。
イルカくんを眺めているといつも不思議と幸せな気分になれて、彼を見つめている俺はきっと知り合いに見られたら別人かと疑われるくらいふにゃふにゃなのだけれど、そのいつもに輪をかけた程とろりと笑えた。
すると、イルカくんの頬がぼわんと赤くなった。あれ、もしかして意識してもらえた?
嬉しい。
単純に喜びが体中を駆け巡った。
自分でもおかしいって自覚するほどずっと見守ってきた。
怖がられたら、気味悪がられたらどうしようと不安になって近づく勇気も出なかったそんな片想いの相手に「俺」という固体を意識してもらえることがこんなに心を暖かくするなんて。
こんなの初めてだ。こんな感情は知らない。
固まりかけた俺をイルカくんは少し不審に思ったのか首を傾げた。慌てて笑顔を繕って、余裕な振りをする。
「フフッ、真っ赤」
イルカくんの朱の入った頬がより一層鮮やかになった。
からかうつもりはなかったんだけど、俺はあまり年下の子と接する機会がなかったからついおかしな口調になってしまう。
謝った方がいいかな。でも気にしてなかったら……。
一瞬逡巡して、そういえば、と後ろのポケットを探った。中に任務先で他国の姫から貰ったでっかいダイヤモンドが入っていることを思い出したのだ。
押し付けられた時は荷物になる物をと邪険にしたけど、こういうことなら大歓迎だ。熱っぽい視線をビシビシ向けてきた赤髪の姫に胸の内で礼を告げる。
「そうだ、プレゼントついでにこれもアゲル」
すぐにチャクラを流して二つに割り、イルカくんの前に差し出した。
そして俺の中にある、イルカくんのおかげで生まれた愛とか、その他いろいろな綺麗な感情を全て込めて、
「お誕生日おめでとうイルカくん」
と伝えた。
同時に、しばらく会えなくなることを思い出し少しだけ切なくなった。
俺は明後日から暗部に正式に配属されることになっていた。長期任務で少なくとも二年は里を離れなければならない。イルカくんを追いかけていられるのも今日明日で最後だった。
俺を里で待っていてくれる人が欲しい。
里の表舞台に出て来られなくなる自分を想ってくれる人が欲しい。
酷いことを勝手に任せてしまうという自覚はあった。
だけど、止められなかった。
イルカくんは当然俺の目論見など知らず、ダイヤを蛍光灯の灯りに透かしてみたり掌の上で転がしてから、再び破顔した。
「うわあ、キラキラしてる。でもこれ、割れてるよ?」
「もう半分は俺が持ってるよ、ホラ」
わざと少しだけ歪にヒビを入れた。この片割れにピッタリ嵌るのは世界でたった一つだけ。
「イルカくんが大きくなった時にこれを合わせにまた来るから」
そこでつい言葉を切った。数年来、もしかしたら叶うことのないかもしれない約束を。
――――ごめんね。
「その時は俺が欲しいものをもらってもいーい?」
生きて彼の前に帰って来られたら、欲しい。
ズルくてごめん、我儘でごめん。何も知らないのにごめんなさい。
この子が、イルカくんが欲しい。
「うんいいよ! ボクがその時持ってるものだったらお兄ちゃんにあげるね」
走性なのだと思う。蛾が光に近寄るように、俺はイルカくんに近寄らずにはいられない。
嬉しい返事を貰ってホッとした。
人間安心すると急に視界が開けてくる。欲しいと強く願った瞬間に好きな子の丸出しの下半身というのは非常に股間に痛い。
「ありがとう、約束だよ。じゃ、お布団買ってくるからイルカくんはパンツとズボン履いて洗濯物干しておいで」
「あ、ちんこ出したまんまだった。待ってるねー」
俺は布団を丸め、黄金水が零れないように表面に薄くチャクラの膜を張った。家に持ち帰って、時空間忍術を応用した時間の流れを極限まで遅くする結界を布団に張らなければ。
そんでもって布団屋を叩き起こさなければ。やることは山積みだ。
生身のイルカくんと話し続けたいという欲求を抑え、彼に一つ手を振り俺は闇の中へ跳んだ。
俺が戻ってきた時にイルカくんが起きていたとしても、写輪眼で記憶を消す。
新しい布団とダイヤが半分、そして約束が彼に残ればいい。
******
任務中は順番に仮眠を取る。眠りが浅いため見る夢はいつもイルカくんに纏わる内容だ。
先程は、彼と初めて会話し、約束をした夜のことを夢に見た。
新しい布団を抱えて戻ると、イルカくんはちゃぶ台に突っ伏して眠っていた。その前にはお皿が二枚。何も乗っかっていなかったけれど、彼が『いるかるでら』を俺にも作ってくれようとしたことはすぐに察しがついて、少し泣きそうになった。
起こさないようにそっと抱え上げた体は軽かったがとても暖かくて柔らかかった。少しきつくぎゅっと抱き締めて思い切り匂いを吸い込んでから、新品の布団に横たえて掛け布団を掛けた。
指の先でサラサラの黒髪を梳く。男の子にしては長い髪、シャンプーの香りがした。
寝顔をしばらく眺めて俺は彼の家を後にした。
そこで目が覚めた。
次の日からイルカくんは何を思っただろう。
一言も声を掛けずにに姿を消し、それきり音沙汰のない俺を恨んだだろうか?
それとも、もうそんな一夜のことは忘れてしまっただろうか?
ぐるぐる考えていると、仲間からの合図が出た。
俺は闇へ跳ぶ。もうかれこれ十年以上、彼と別れたその瞬間からずっと。
また上忍師の要請がきている。
それ自体は前々からあったものの、気骨のある下忍候補生がいなくてなかなか任に就けなかった。
次の子達はどんな子供だろう。早くイルカくんに直接会いたい、会わせてくれ。
次回試験に臨む子供達は、アカデミーの教師になったイルカくんの教え子達だ。その中には先生の子供も混じっている。
先生の一粒種であるナルトは卒業し次第俺が受け持つことが決まっているのだけど、腕が未熟で試験を突破できないでいる。
頑張れ、ナルト。今期にはうちはの生き残りもいると聞く。出来ればまとめて引き受けてあげたい。だから頑張れ。
不本意なことに里中に忌み嫌われてしまっているナルトを、イルカくんは積極的に構っているらしい。おかげで表情のなかった子供は今では悪戯坊主に育っているそうだ。
わくわくする。大好きな人の子供を、別の大好きな人が育てた。
早く、会いたいな。
ナルトにも、イルカくんにも。
******
「任務終了。俺が火影様んとこ報告行くから解散ね」
長い戦いだった。同行した仲間は幸いなことに死者こそ出なかったものの、消耗が激しい。
俺だって相当草臥れているけれど、体に鞭を打って火影室へと歩を進めた。
もうすぐ朝日が昇る。里人が起き出す前にさっさと済まさなければ。人目を避けられるほどの体力は残っていない。
道端の紫陽花が朝露に濡れて光っている。六月か。
半年ごとに実施されるアカデミーの卒業試験、次回は二ヵ月後。それを突破した子供達が上忍師の下で学び始めるのは九月からだ。
それを思うともう少し頑張ろうという気になれる。とにかく、まずは目先の報告だ。
紫陽花の横を抜け、並木道に入るとまだ日も出ていないというのに人の気配がした。マスクの下で眉間に皺が寄る。埃っぽいマントの前を合わせ、せめて血塗れのアンダーが目撃されないようにと体裁を整えた。
気配が濃くなる。と同時に、俺の心臓が高鳴った。そんな馬鹿な、こんな早くにどうして。冷たい汗が背中を伝った。
つい先日誕生日を迎えたイルカくんがこちらに向かってくる。この道はイルカくんの家から慰霊碑に向かう通りだということが思い当たった。
期待と不安が過ぎる。あ、でも暗部面してるから分かりっこないか。
ちょっぴりがっかりしつつ、彼とすれ違った。暖かいチャクラを感じる。
これで十分だった。わざわざ正体をバラすこともない。俺はそのまま歩いた。けれどもイルカくんは立ち止まった。そして、告げた。
「おにい、ちゃん?」
掠れた低い声だった。とうに声変わりを終え、今は子供相手に凛とした声を張り上げているのも知っている。しかし暗部である自分に、その声が掛けられるだなんて。
俺の足は動かなくなった。いけない、叱咤してまた無理矢理前へと進む。
イルカくんが今度は叫んだ。
「まだ持ってます!ずっと大切にしてました!」
何を、だなんて聞かない。俺が勝手に渡したダイヤの片割れだ。
「お兄ちゃんを待ってて、いいんですよね?」
悲痛な声に奥歯を噛み締める。これ以上姿を見られるのが辛くて、瞬身の術の印を結んだ。
遠くへは行けない、僅かな距離を跳んだ。今にも肩を震わせそうな彼の背後へ。
「泣かないでイルカくん。・・・あと三ヶ月、三ヶ月だけ待って。絶対迎えに行くから」
それだけ告げると俺は気力を振り絞って更に遠くへと跳んだ。
結果、火影様の前で力尽きることとなり、そのまま入院コースに。
任務を共にした部下達が「瞬身使わなきゃ家に帰れたでしょう」と口々と文句を言いにくるのを聞き流すのは結構骨だった。
でも俺の心はささくれ立つことはなかった。
イルカくんが覚えていてくれている。三ヵ月後、子供達が合格しようが落ちようが彼に会える。
イルカくんは内勤だから、俺がヘマさえしなければ確実に。
そのためには病院でじっくり体を治さなければ。
俺は完全に失念していた、里の中だろうが外だろうが、忍びの仕事に危険が付き纏わないことなんてないことに。
暗部生活が長くて、ここよりも過酷な場所なんてないと驕っていた。
その事実に気づいたのは愚かなことに、白い部屋の中で全身包帯に覆われたまま眠り続ける彼の前に立ち尽くした時だった。
イル誕のカカシ視点で、カカ誕です。
後編は15日に。