父ちゃんと母ちゃんが明日の夕方までの任務に出掛けたから、今夜は一人でお留守番。
洗濯物を取り込んで、母ちゃんが作っておいてくれたカレーを温める。
本当だったらこのカレーの他にもケーキとかポテトサラダもあって、三人でボクの誕生日のお祝いをやる予定だったんだけど、
白い鳥が飛んできてそれは中止になってしまった。
父ちゃんと母ちゃんはすごく困った顔をしていたから、ボクは二人を安心させるためににっこり笑って送り出した。
おみやげをいつもよりも激しい調子でねだって、二人が気にしないで出掛けられるように。
家の中が空っぽになった後少しだけ目の周りが熱くなったけど涙は流さなかった。
だって今日で十歳なんだ、大人に近づくことはいろいろ我慢しなきゃいけないものが増えるってことだって火影様が教えてくれた。
父ちゃんと母ちゃんは里を守るために働いているんだから、仕方がない。
鍋のふちでカレーがコポコポと泡を立て始めたので、炊飯器から山のようにご飯を盛る。
真ん中をへこませて、そこにカレーを流し込んだ。
父ちゃんが火山に出来ることがあるって教えてくれた『かるでら』っていう地形に似ているので、これを『いるかるでら』と呼ぶことにした。ついでに歌も作った。
「いるかるでらー、るでらー。まんなかべっこん、いるかるでらー。母ちゃんのおっぱいよりボイン、いるかるでらー」
「フフッ」
「え?」
今、誰かの噴出したような音が聞こえた気がする。スプーンを置いて玄関や庭を見てみたけど誰もいなかった。
―――おばけ?
そういえば母ちゃんに昔聞いたことがある。
父ちゃんや母ちゃんや火影様の悪口を言うと、それを影で聞いてるおばけが口を糸で縫いつけちゃうんだって。
そんな、ボク今日誕生日なのに!
慌てているかるでらをかきこんでお皿を洗って、テキトーに歯を磨き、お風呂には入らずにパパッとパジャマに着替えてお布団の中にもぐりこんだ。
だっておばけ嫌だ!隙を見せたらあっという間に縫われちゃうだろうし、
そしたら帰ってきた父ちゃんと母ちゃんにボクが母ちゃんのおっぱいがペチャパイだって歌ってたのを怒られちゃう。
ペチャパイだって言うと母ちゃんが怒るのは、それが悪い言葉だからっていう理由でもあるけどそれだけじゃなくて、
ボクが寝た後に父ちゃんから「ちっちゃくてもこんなにカワイイはんのーするのにね、イルカはわかってないね」と言われていじめられるからだ。
一回トイレに起きた時に見てしまって、ボクのせいで母ちゃんがいじめられてるのが分かってからそれっきり二人の前で「ペチャパイ」は言わないようにしていた。
でもこれがバレたらまたいじめられちゃうかもしれない!
ボクはお布団の中で体をちぢこませて、ぎゅっと目を瞑った。おばけが気づかれなかったら口だって縫われない。
静かに、静かに、静かに・・・・・・。
******
気がつくとプールで泳いでいた。周りにはカキ氷屋さんやジュース屋さんがたくさんあって、しかも全部タダ!
レモンスカッシュとぶどうジュースを混ぜて飲んだり、イチゴミルクのカキ氷を二回もおかわりしても父ちゃんと母ちゃんはプールサイドでニコニコしている。
ボクはイルカって名前通り泳ぐのが好きだ。このプールはなんと百メートルも長さがあって、ターンもあまりしないでぐいぐい泳げる。
泳いでジュースを飲んでカキ氷を食べて。それを繰り返していたらトイレに行きたくなった。
ぐるりと見渡してみてもトイレのドアはどこにもない。でもおしっこはどんどん出そうになってしまう。ああ、もう、ダメだー!
******
「んん・・・ふぁ・・・あ、あーーーっっ!!!」
プールは夢だった。でもおしっこは夢じゃなかった。服の股が濡れてしまって気持ち悪い。
お布団の中でズボンとパンツを一気に脱いで、そっと這い出て電気を点けた。
白い灯りの下で布団にも大きな染みが出来てしまっているのがよく分かる。
オバケが怖くて寝る前にトイレに行かなかったからおねしょなんてしてしまったんだ・・・。
「怒られる・・・」
悪口を言ったのがバレなくても、このままじゃおねしょのことで怒られてしまう。もう十歳なのに・・・近所の友達にもバカにされるかもしれない。
ちんこ丸出しで、洗濯機にお布団カバーとシーツ、それにズボンとパンツを放り込んで洗剤を入れた。スイッチオンでこっちは平気。だけど・・・。
「お布団、どうしよう」
明日の夕方に父ちゃんと母ちゃんが帰ってくるまでに今洗濯機に入れたものは乾くと思う。でもお布団は乾かしても染みは抜けない。
頭の中がぐるぐるして、せっかくカレーの前に我慢した涙がじんわりと目尻に浮かんできた時、後ろから声がした。
「泣かないでイルカくん。その布団、五万で買うから」
「え?」
勢い振り向くといつの間にか銀色のキラキラした男の子が立っていた。顔の半分は服で隠れていて分からないけど、年は少し上のような気がする。
額宛をつけているし、気配なんて全然しなかったからきっとこの怪しい人は忍者だ。
「あの・・・?」
「足りない? じゃあ十万でもいいや」
怪しい人はなんだかよく分からないけどボクのおねしょ布団を買いたいみたいだ。家にお布団ないのかも知れない。
「え、えっと、売らないよ。だってお布団なくなったらボクが寝るとこなくなっちゃう」
「・・・じゃあ代わりの布団持って来たら売ってくれる? おんなじの買ってくるから」
おんなじの―――その言葉に名案が浮かんだ。この人が代わりのお布団をくれたら、父ちゃんと母ちゃんにおねしょをしたのがバレない。
どうして優しくしてくれるのかは分からないけど、ボクはこの人を信じてお願いすることにした。
「お金はいらないから、新しいお布団が欲しい! ・・・でもお兄ちゃん、なんでそんなことしてくれるの?」
「んー、イルカくんの誕生日プレゼントかな」
なんと、この人はボクが今日誕生日だってことを知っていた。もしかしたら父ちゃんと母ちゃんがこの人にボクが一人でお留守番するのを見ていてくれるように頼んでいったのかもしれない。
それなのにおねしょを隠すために協力してくれる優しい人を、ボクは『お兄ちゃん』と呼ぶことにした。
「本当!? お兄ちゃんありがとう!」
お礼を言うとお兄ちゃんは夢の中の父ちゃんと母ちゃんみたいに優しく微笑んでくれた。
その笑顔になんだか分からないけどドキドキして、つい顔を背けてしまいそうになったけどそれは失礼だから、顔が真っ赤になりながらじっとお兄ちゃんを見つめた。
そんな俺がおかしかったのか、さっきとは違う笑い方でお兄ちゃんは笑う。
「フフッ、真っ赤。そうだ、プレゼントついでにこれもアゲル。お誕生日おめでとうイルカくん」
これ、と手渡されたのはピカピカした硬い石、の半分。ピカピカというかキラキラというか、とにかく光っていてとても綺麗。でも半分。
「うわあ、キラキラしてる。でもこれ、割れてるよ?」
「もう半分は俺が持ってるよ、ホラ」
お兄ちゃんはポケットから同じピカピカ石の片方を取り出した。あるんだったらこっちもくれればいいのに。お布団を貰うから半分だけなのかな?
「イルカくんが大きくなった時にこれを合わせにまた来るから、その時は俺が欲しいものをもらってもいーい?」
これテレビで見た!『約束の証』を持った男の子二人が十年後くらいにそれを合わせて再会する話だったような気がする。
これも『約束の証』なんだ、きっと。
「うんいいよ! ボクがその時持ってるものだったらお兄ちゃんにあげるね」
「ありがとう、約束だよ。じゃ、お布団買ってくるからイルカくんはパンツとズボン履いて洗濯物干しておいで」
「あ、ちんこ出したまんまだった。待ってるねー」
ボクに一つ手を振ってお兄ちゃんは音もなく消えた。やっぱり忍者だ!ボクもいつかあんな風なカッコイイ忍びになりたいな。
お風呂でちんこを洗ってからパンツとズボンを穿いているとやっと洗濯機がピーピー鳴ったので、取り出して庭に干す。
お兄ちゃんが帰ってくるまではお布団がなくて寝られないのでカレーを食べようと思いついて台所に向かった。
さっきはかきこんじゃってちゃんと味わえなかったから今度は小さめの『いるかるでら』を作ろう。
やる気満々でとりあえずお皿を一枚取り出してから、ちょっと考えてもう一枚出した。お兄ちゃんもきっとお腹が空いてる。
お兄ちゃんと一緒に『いるかるでら』を食べて、その途中に縫いつけおばけの話もしよう。あと誰にも言えなかったお父さんがお母さんをいじめる話も。
たくさんお喋りして仲良くなったら、もしかしたら一緒に寝てくれるかもしれない。
買ってきたお布団の中でお兄ちゃんの髪はピカピカ石に負けないくらい綺麗だって教えてあげよう。
それから、それから・・・・・・。
******
翌朝目を覚ますと銀色の髪の『お兄ちゃん』は家のどこを探してもいなかった。
オレは新しい布団とピカピカ石(後に真っ二つに砕かれたダイヤモンドだと判明)を誰にも秘密の自分だけの宝物にして、
寂しい時や悲しい時にそっと取り出して心を静めた。
『お兄ちゃん』は今思えば発言に不可解な点こそ多かったけれど、オレのおねしょの不安を吹き飛ばして更に後に生きる希望となる『約束』をくれた良い人だ。
彼はまだオレの前に現れてはいない。この年になるまで待ったけれど現れないということは、きっと遠くへ行ってしまったのだろう。
だからオレはことあるごとに慰霊碑に足を運ぶ。父ちゃんと母ちゃん、そして名も知らぬ銀色の『お兄ちゃん』のために祈りを捧げて、少し他愛もない話をして帰る。それが習慣になっていた。
その日は前日に早く寝たせいか、夜明け前に目が覚めてしまった。もう一眠りしようにもすっかり目が冴えてしまったので
慰霊碑に向かう。あそこで朝日を浴びるのもいいだろう。ポケットにはいつも通りピカピカ石を入れて、ベストは着けずにアンダーとズボンというラフな格好で道を歩いた。
朝のひんやりとした空気の心地良さにうっとりと目を閉じていたから気づけなかった。向こうから人が歩いてくる。マントに動物の面―――暗部だ。
一礼をして通り過ぎようとした。朝日ももうすぐ昇る、少し急ぎ足にした方がいいかもしれない。でもオレの足は動かなかった。気づいてしまったからだ。
目の前の暗部の銀色の髪に。
「おにい、ちゃん?」
何故か掠れてしまった声で呼び掛けると暗部はピタリと停止したが、また歩き出してしまう。ああ、行ってしまう。
オレはとにかく話がしたくて、ポケットからピカピカ石を取り出した。
「まだ持ってます!ずっと大切にしてました!お兄ちゃんを待ってて、いいんですよね?」
暗部はオレの横を通り過ぎる前に瞬身で消えてしまった。家族にも素性を明かせない暗部だ、これも仕方ない。
心では納得しているのにどうしてだろう、目頭が熱くなって鼻の奥がツンとしだした。
何やってるんだ、オレは。
「泣かないでイルカくん。・・・あと三ヶ月、三ヶ月だけ待って。絶対迎えに行くから」
「え?」
振り返っても影も形もない。でも耳に残る、あの夜よりもぐっと低くなったお兄ちゃんの声。
オレは一人道の真ん中で何度も頷いた。その後向かった慰霊碑では父ちゃんと母ちゃんにだけ語りかける。ここにあの人の名前はないんだ。
******
金色頭がゴム鞠のようにピョンピョン飛び跳ねて来た時点で結果が分かり、オレは心底ホッとした。
「イルカせんせー、俺ごーかくしたってば!」
ナルトから少し遅れてサクラとサスケもやってくる。程度の差こそあれ、皆その表情は誇らしげだ。
「おお、やったなナルト。それにサクラもサスケも、よく頑張ったな」
「先生、あの人私達の先生です」
「なかなかデキるヤツだ」
ナルト達の上忍師となる人物は顔合わせ直前まで任務が入っていたらしく結局会えていない。
つまりこれが初対面だ。生徒達を任せるのだからキチンと自己紹介を済ませなければならない。
「サスケ、上忍師の先生にそんな言い方はないだろう。どうもスミマセン、オレは・・・」
手甲に規定のベスト、顔の半分を覆ったアンダーシャツに斜めの額宛。そしてその上からにょっきり生えた、蛍光灯で一層輝く銀色の髪。
「欲しいもの言ってもいーい? ずっと我慢してたから」
「・・・どうぞ」
視界が滲むとキラキラが乱反射して、とても眩しい。でも視線は離さない。顔が真っ赤になっても逸らさない。
「あのね―――」
イル誕だと言い張ってみます。こいつら生徒の前で何言ったんでしょうね。
ギャグにしようと思ったのにこんなオチなのは、どうしても間に九尾の事件を挟んでしまうからです。
カカシ視点を書くかもしれません。いや、書きます。(と、自分を追い込んでみる)