ふたり 6

 男の指が、唇が、舌がイルカを隅々までなぞり暴く。肌の張りや質感を余すことなく記憶するためか殊更じっくり丁寧で、それが官能的だ。今まで愛撫らしい愛撫を受けてこなかったイルカは男が触れる度に敏感に反応し、幾度も体をしならせた。
 気恥ずかしさから声を抑えようとする素振りを見せようものなら喉を舐め上げられ、更に鼻に掛かったいやらしい声を上げる羽目になる。
 毛穴が開き甘美な匂いを立ち上らせ、男の興奮もそれに合わせて上昇する。
「耳が好きだね、イルカは」
「は……んッ」
 耳の裏の匂いを嗅がれ、食まれる。たっぷりと唾液を纏わせた唇でちゅっちゅくと吸われると、それだけでイルカの前はおびただしく先走りを迸らせた。
「キモチイイ? 辛くない?」
 男はしきりにそう訊ねてくる。
 辛くないかと問われれば辛いが、それは男がイルカに与える刺激が物足りないからだ。
 手酷いセックスに慣らされたイルカの体は早く男の剛直に貫かれたいと欲し、ひくんと後ろを収縮させる。勝手に蠢いてしまうのを止められず、自分で前を擦り腰を揺らした。
「もう欲しいの?」
「はやく……」
 腰を持ち上げ男の逸物を後口に導こうとしても思うように行かない。大きく育ち過ぎて先端がツルツルと逃げてしまうのだ。イルカは焦れて自ら男の薄い唇に己のソレをぶつけて舌をまさぐった。
「ふ……は、悪い子。俺はイルカをもっと大事にしてあげたいのに」
 蕩けるように愛撫を施されるのは確かに快感だが、今のイルカには適合しない。激しいセックスでも、愛され、愛しているという自覚があれば構わない。寧ろ望んでさえいる。
「奥、もう」
 記憶を消して欲しいと願ったのはイルカだが、本当は男を忘れたくなどない。ただ男に引け目を感じられるのはもっと嫌だ。イルカが覚えている限り叶わぬなら自分の記憶を差し出そう。近い将来男には彼を極純粋に愛するイルカと愛し合ってもらいたい。今この時を生きるイルカは、せめて体に刻む。
 男の腰を再度跨ごうとすると、両足を持ち上げてころんと後ろに転がされた。男が身を乗り出し、きゅうきゅうと物欲しそうに呼び込む卑猥なソコに焦点を定めた。
「分かった、一緒にイこう。好きな所に一杯あげる」
 ズンッと三分の一ほど突き入れられ、イルカの全身は歓喜した。そこからゆっくりと前後に揺さ振られ、奥へ奥へと満ちる。同時にイルカの心も満ちた。
「あ、あ、っ」
 最奥まで突かれまた引き抜かれの繰り返しにイルカはにべもなく声を張り上げる。天を仰ぐモノも射精の瞬間を今か今かと待ちわびているように涙を零した。
「すご……っいつもよりもずっと。ね、イルカ」
「な、……んぁっ、に?」
 男は額に汗を浮かべていた。これまでの交わりで一度もそんなことはなかったため、どうしてだか嬉しさが込み上げる。男の匂いと言えば今まで記憶の飛ぶ前に微かに薫る精液位なものだったため、新鮮だ。イルカは男の首を引き寄せそれを舌で掬ってから、律動の合間に途切れがちに答えた。
「受け入れてくれて、ありがとう」
「うあ、それ、ダメッ」
「え?」
 突然そんなことを言われては、堪えられない。元々先程のセックスで二度目の射精まで辿り着けなかった身だ。体中に散らされた燻りが再度集結したことも手伝って、イルカは二人の腹の間を汚した。そしてそのまま体が後ろをぎゅうぎゅうと締めつける。
「ぐっ」
 男が息を詰めると同時に、イルカの体内に熱が広がった。生産的なものは何一つ生み出さないが、互いを認め合うためのセックスは至高の一言に尽きる。
 イルカが上目で男を見つめるとその目元を吸われた。それを皮切りに顔中にキスを落とされ、最後に顔の中心を横切る鼻傷をなぞられた。
「『ありがとう』でイっちゃったの?」
 クスリと笑うと男がイルカの額に貼りついた髪を整える。羞恥で黙り込んだイルカを、男は「可愛い」と抱き込んだ。三色の瞳がかち合うと、そのまま極自然な成り行きで舌を絡めあう濃厚なキスが始まる。いつでも体のどこかが交わっていたい。
「でもこれで一旦終わり、ね」
 男が名残惜しそうに顔を離した。両手で頬を包まれ、その温もりに泣きたくなる。自分で選んだことではあるものの、手放し難い。イルカもずっと一人だったのだ。
「名前……」
 どうしても、と最後に名を乞うた。一度だけ、十六歳のイルカとして彼の名を呼びたいと思った。男はイルカの唇をもう一度掠めると一字一字言い含めるようにゆっくりとその特別な記号を耳に流し込んだ。
「カカシだよ。俺は、はたけカカシ」
 はたけかかし、はたけかかしと口の中で何度も繰り返す。
 覚えられない名前を懸命に脳に送った。うみのイルカ、お前は『はたけカカシ』と幸せな恋をする、と。
「カカシ……オレと、幸せになって」
 カカシの首に縋って心底、それだけを願う。イルカだけでも、カカシだけでも駄目なのだ。カカシとイルカの二人が出会ってこそ訪れる幸福でなければ。
「なるよ。イルカがいてくれさえすれば絶対に」
「約束」
「うん」
 小指を曲げ、子供の呪文を交わし合う。ゆびきりげんまんを千遍唱えて叶うならいくらだって歌うのに。
「じゃあ」
 カカシがイルカの肩を掴み、顔を正面に置いた。真っ直ぐその瞳で射抜かれると、彼の端整な顔立ちも相成り胸が高鳴る。もうすぐ封じられてしまう思いを今は好きにさせておくことにした。
「この左目は写輪眼、うちはの友人から貰った。経緯は話すと長くなっちゃうから、次に恋人同士になった時に離すね。これでイルカの記憶を封じる。オビト……この目をくれた友人の名だけど、俺がやると術が甘くなるかもしれないからオビトに手伝ってもらうことにするけどいい?」
 イルカは首を縦に振った。紅い左目のオビトに頭の中で密かに語り掛ける。
「オビトさん、カカシを好きになるという気持ちだけは消さないでください」と。
「目を見て。行くよ――――」
 黒い文様がぐるりと円を描いたかと思うと、イルカの意識は完全に霧散した。



 

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