「イルカ先生、ここですよ」
カカシがイルカの後ろに回り丁寧に目隠し代わりの額宛を外すと、そこには世の名だたる絵本の中からそっくり飛び出してきたような見事な色彩の庭が別世界のように広がっていた。
「わ、綺麗! この屋敷の庭ってこんなに見事だったんですね。子供の時想像した通りです!庭師さんを雇ってらっしゃるんですか?」
黒々とした瞳を宝石のように光らせて詰め寄るイルカにカカシは微笑み、手を引いてテーブルセットまで導いた。どうぞ、と執事の真似事をされてはイルカも口元を綻ばせ従うしかない。椅子は年季が入っていて腰を掛けるとキィと小さく鳴った。
「俺が一人で管理してますよ。片手間でやってるからじっくり見られると粗が目立つんで、あんまり見ないでくださいね」
謙虚な物言いにイルカはかぶりを振る。火影屋敷の荘厳な和風の庭園も見事だが、カカシの別邸の庭園は違った美しさだ。花の一本、葉の一枚の先端にまで神経が行き届いている。それを一人で行うなんて、カカシさんは流石だなぁとイルカは心の中で尊敬の念を強くした。
「そんなことないです! だって」
そこでふと、イルカの言葉が詰まる。カカシがん? と顔を覗き込んで、息を呑んだ。日焼けした健康的な頬に幾筋も涙が流れている。
「……あれ、変。どうしてオレ泣いて…………?」
袖口でごしごしと拭おうとするイルカの手をそっと握り、カカシはぽすんと胸に引き寄せた。口布を下ろして微笑み、ベッドの中のような甘やかな声色で、訳も分からず震えるイルカの背を何度もそっと撫でる。
「泣きたい時は、泣いてください。理由がない時だってありますよ」
「すみません止まらなくて。変なの」
全然変じゃないよ、とカカシは口の中で呟く。イルカの中に永遠に眠るあの数日間のイルカが、カカシに存在を発信した立派な証だ。無理強いと体と無意識の態度で結ばれたあのイルカと言葉で口説き落とした今のイルカ、どちらもカカシにとって大切な恋人だ。
「何か言いました?」
濡れた瞳をそのままに上目遣いで見上げるイルカの無防備なおでこに、カカシは遮るように一つ接吻をした。
「イルカ先生が好きだなぁって言いました」
途端にあわあわと暴れだす腕の中の恋人が愛おしい。照れて耳まで赤くしたイルカはカカシの胸に顔を埋め、つっかえながらもきっぱりと言い放った。
「お、オレもカカシさんのこと、す、好きです」
イルカの愛情はいつもじんわりカカシの心を暖める。それは偽りのない言葉だからだ。頑なだったカカシを溶かしたのも、離れる決意をくれたのも、全てイルカがぶつかってくれたからに相違ない。
「嬉しい。イルカ先生がいてくれるだけで、本当に俺は幸せになれるんです」
カカシさんはいつも格好良いことばかり言うんだから、とイルカはそっぽを向く。
カカシの言葉の真意を知る瞬間はこの先イルカには来ない。
今のカカシも、過去のイルカもそれを只管望んでいる。
二人の未来永劫の幸福のために、カカシはたった一つの大きな秘密を胸に仕舞い込んだまま、イルカを振り向かせて、つんと尖った唇にキスをした。