ふたり 4

 土を耕し、男が調達してきた肥料をたっぷりと加えて混ぜていく。紐で繋がれてはいるものの、体を大きく動かせるという自由は何にも変え難い喜びだ。
 しかし男はそんなイルカを尻目にさっさと印を組んだ。土遁だ。その上風遁で肥料をばら撒き、右手にチャクラを集中させ見たこともないような回転運動を作り上げたかと思うとあっという間に土地慣らしを達成させてしまった。
 驚く程協力的ではあるが、何かが違うと首を捻るイルカに、男は「今日はこれでおしまい」と言い放ちさっさと屋敷の中へ連れ込んだ。
 イルカは両手に手錠を掛けられ、牢獄ではなく男の私室と思しきベッドルームへ押し込まれる。
 古い絵の飾られた額縁と物書きができる程度の大きさの机、そしてセミダブルサイズのベッドしかない簡素な部屋だ。
 白いシーツの上に突き倒されたイルカは尻を持ち上げたうつ伏せになった。足を開かされ恥ずかしいところを丸見えにさせられる。
「あんたちょっと調子乗ってたよね」
 あっさりバレている。
「お仕置き、ね」
 イルカはサッと顔色を青くした。
「クスコ!?」
 先程の一言からそれしかないと考え身を震わせたが、男はクスリと笑うとイルカの下衣を破いて脱がせた。
「それがいいなら買ってくるけど、もっと別のことするよ」
 するすると男の指が、視線がイルカの下肢をなぞる。それだけで頭の天辺から足の先までぞくぞくと震える。変えられてしまったイルカの体は嫌だ嫌だと強く念じる脳の拒絶さえも男の欠片程度の愛撫への燃料とするようになっていた。
 男は露わにしたイルカの後口を一舐めし、ふぅと息を吹きかけてから身を離した。
「ふ…ぁ……」
 次に与えられるであろう刺激に身を強張らせたものの、一向に男はそれきり動こうとしない。気配だけが背後にある。
 イルカの後ろは男の唾液という僅かな湿り気を取り込むと、やがてひくん、ひくんと別の生き物のように蠢き始めた。
「!? なに?」
 ガチャンと手錠ごと大きくイルカの体が跳ねても緩慢な男の動きに背を押さえつけられる。手練れだけあって人間のツボは心得ているのか、大して力は加わっていないのにイルカは逃れられずに下半身の違和感と強制的に向き合う羽目になった。
「イヤだッ、やぁ!」
「淫乱なカラダ」
 うっとりと男が告げる。男の声が背中に抜けて後口が激しく痙攣する。欲しい、欲しい、欲しい。イルカの体は燃えて溶ける寸前だ。
 内部が毛羽立つ。外部から、大きくて太くて熱いものを挿入してくれと。
 己の体の変化について行けずにイルカは暴れた。無駄な抵抗と知りつつも意識を他所に投げつけようと必死になった。
 男の早急なセックスに自分が慣れてしまっていたのは実感していたが、こんな浅ましい体に成り果てているだなんて自覚していなかった。
 理性が体同様溶かされていく。
 男の執着を確かめようなどと優位に立っていると勘違いしていた自分が馬鹿みたいだった。
 相変わらず自由はないし、男はイルカ自身を長い時間掛けて作り変えている。
 男をどうにかしようという考え自体が浅はかだったのかもしれない。
 イルカの中の確固たる意志が融解され、諦観に支配されたほんの一瞬に、喉が裏切った。
「ちょう……だい―――」
 身の内はその欲求ではち切れそうだ。
 男はイルカの背から指をなぞるようにしてから外すと、双丘を掴み割り開いた。
 だが。
「これで十分」
 一言告げるとねろり、と唾液をたっぷり含んだ舌で性器となった場所を舐め上げた。それだけ、たったそれだけだったのに。
「あああっっっ」
 びゅくびゅくとイルカの前から、生命のなり損ないが暴れるホースのように噴出した。
 嘘のような快楽。火照りの冷めない全身。イルカの知らないイルカがそこにあった。
「ほらヨかったね。ケツの穴見られて舐められるだけでイっちゃう男になれたよ」
 押し寄せ続ける快感で朦朧としてしまう。イルカの体の筋肉は本来の役割を放棄し、男が抱き寄せるままに形を変えた。
「他の男は陰茎を擦ってオナニーするけど、あんたは自分で後ろを弄らないとイけない変態になったんだ」
 真実かもしれない。仮に火影の力で助けられたとしても、ここまでされた体はそう簡単に以前のものには戻らないというのは想像に難くない。性行動の際イルカは男を憎みながらも彼を想うのだろう。
「俺以外の奴にその体触られてもきっと疼いて止まらなくなるんでしょ。でもそしたら殺しに行く」
 ギリッと顎を掴まれ甘美な脅しをいくつも投げ掛けられる。男の根深い束縛がイルカの全てを離さない。この誤りだらけの状態に浸かり切ってしまうのもいいかもしれないだなんて、恐ろしい考えが脳裏を掠める。
 イルカの心情の変遷を知ってか知らずか、男は放出を終えて鎮まりかけたイルカを仰向けにするとその肛門を再びするりと撫で上げ、固く太い、最も欲するモノを押し込んだ。
「一人だけ気持ち良くなるのは終わり」
「んあァッ」
 イルカの鼻に掛かった悦の声に反応し、男はソレを激しく出し入れしながら再度語り掛ける。返ってくるのが全て喘ぎ声でも、むしろ嬉しそうに言葉を繋げていく。
「自分の知らない世界を見せられる気分って衝撃でしょ」
「ん、んっんっ」
 天変地異もかくやという揺さ振りにも髪を振り乱して喜びを叫ぶ。
「ね、一人だけ気持ち良くならないでよ」
「おっきぃ、ああ、きもちぃ」
「もっと思い知ってよ。それで早く堕ちておいで」
 オチテオイデ。その一言が男の行為の根源であるようにイルカには思えてならなかった。自分が男によって監禁されているにも関わらず進んで腰を振っているこの現状を思えば、イルカの脳と喉が出す結論は共に一つだった。
「も、おちてる……」
 本心を。
 息も絶え絶えにやっと告げると、ピタリと男の動きが止まった。
 酔わされ揺れるピントをどうにか男に合わせると、一度も見たことのないような表情をしていた。蔑むでもなく嘲るでもなく、仮面の如き無表情でもなく。
 ただ、呆けていた。
 里の皆がごく普通にするのと全く同じ表情だった。
 ハッと我に返った男は下半身を繋げたまま、イルカの背と後頭部に腕を回すとそのまま力を込めて肩に鼻を押し当てた。
 風呂場でもこんなにきつく抱かれたことはない。こんな、愛しそうに包み込まれたのは両親以来だ。
 変だ。
 嬉しい。
 どうして。
 酷いことばかりされていたはずなのに、今は事後の慈しみを持った男の手の動きや表情ばかりがイルカの胸を埋め尽くす。
「イルカ、っイルカぁ」
 男はその体勢のままイルカの最奥を貫いた。
「ふ、はぁ、アァっ」
「ごめん。終わったら全部話すから、今は――――」
 言い終える前に奥に熱が叩きつけられる。男は切なそうに「ああ」と溜息とも何ともつかない吐息を零した。
 イルカの前が弾けることはなかったが、燻った熱はすぐに散って行った。
 男が心を取り戻したかもしれないことが、性欲よりも大きく心を占めたからだ。
 どこかふわふわとした気分のイルカとは対照的に眉を寄せしかめ面をした男は、腕の中のイルカにシーツを巻きつけ、ひょいと持ち上げると黙って寝室を出た。



 

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