男は宣言通り、独房の中で時間を問わずイルカを抱き潰した。
悲しいことに拘束されたままのセックスにも慣れ、イルカの未発達だった体は男が腰を振る度に前立腺を掠める刺激で反応するようになった。
男はイルカに吐き出し、慈しむように世話をする。食事も男の手から与えられていた。
そのためイルカは男を憎み切ることができずに、いつしか彼の本質や目的を探ろうとするようになった。
尻をこじ開ける間の思いつめた表情、抱いている最中は決して呼ばない名前、それなのに事後には縋るようにイルカの名を繰り返すこと。
イルカの癖である感情移入がここでも発生した。
男もそんなイルカの様子を疑問に思うのか、眠らされる前に問うことがある。何故恨まないのだと。
イルカは首を振り分からないと答える。そして恨まれたいのかとも。
男は眉根を寄せてイルカに術を掛ける、その繰り返しだ。
イルカは行為が済む度に眠らされていたので日付の感覚が狂い始めていた。男が意図したことなのかどうかは知らないが、食事は起きる度に与えられるのでイルカにはそれが朝食なのか昼食なのかも区別がつかない。
徐々に疲労が蓄積され、セックスの最中もほぼ意識を飛ばすようになった。当然満足のできなかった男は再び犯す、イルカはすぐに気を失う。
犯されながら見る夢はこの屋敷の寂しい庭のことだった。しかしそこには光があり、地面がある。
夢の中でいつもこの庭は誰かに似ていると首を捻る。乾いた土が手から逃げていくのが堪らなくなる時もあった。
里での暮らしを思い出すことはなく、ひたすらその庭が恋しかった。
イルカは食事を与えられながら男に懇願した。庭を弄らせて欲しいと。
男もこの頃のイルカの様子に辟易していたのか唸りつつも承諾した。彼も忍びであるから、イルカの不調が時間間隔の欠如から由来するものだと思い当たっていたに違いない。ただイルカが外に出て逃亡することを恐れていたのだ。
イルカは男の己への執着の程度を、このチャンスを利用して測ることにした。
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久し振りに皮膚に差し込む太陽の光は風呂の温水よりもより肌理細やかで、イルカの細胞一つ一つを熱で包み込んだ。
ここは独房じゃない場所で、今は昼間なんだと思うだけで心がざわざわと快哉を叫ぶ。
遠くには森が見える。イルカが子供達を助けるために駆けた森だ。緑の匂いがするし多種多様な音がする。葉が擦れ、鳥も風も好き勝手歌う。全ての生命の鼓動さえも聞こえてきそうだ。
男はイルカを拘束したまま抱きかかえ、このために取り寄せたと思しき真新しい椅子の上に下ろした。両膝を曲げ足の裏を振り下ろし地面の感触を嬉しそうに確かめるイルカを男は怪訝な表情で見つめた。
「で、何するの」
「足の手錠を外せ」
途端、男の全身から剥き出しの殺気が溢れ出た。想定内のことではあったが、中忍になりたてのイルカでは意識を保つだけで精一杯で言葉を告げられなくなる。男の実力は相当なものだということが痛い程把握できた。
「逃げるの?」
ひたすら首を振る。ぜー、ひゅーとイルカの喉からおかしな音が出た辺りで男は多少殺気を弱めた。それでも剣呑とした気配を消そうとはしない。考えている以上に男は何かをイルカに求めているようだ。
「げほっ……逃げない。不安だったら腰に紐をつければいい。オレはこの庭を生き返らせたいだけだ」
ここは孤独だ。今でもその印象は変わらない。そして孤独なこの地に住んでいる限り、いくら情を交わしたとしてもこの男は決して救われないとイルカは考えていた。
ならば、この地ごと変えてやろう、とも。
どうして自分が男のためにここまでしようとするのか、イルカ自身にも良く分からない。恨んで憎んでも間違いではないのに手を差し伸べてしまう。
それはきっと男の蒼と紅の瞳が、両親を失った頃の己の黒く溶けたそれに重なるからだろう。火影を始めとし、人々の支えでイルカは再び前を向くことができた。
男の事情は知らない。しかし、火影の直属である暗部にも拘らず男がこのような状態であるのは、おそらく彼本人が必死に仕舞い込んでいたからだ。
溜め込んだ挙句、どんな理由か見当もつかないもののイルカを監禁するという行動で安定させようとしている。
願わくば彼の居場所を『木の葉の里』にしてあげたい。
『木の葉の里』は自然豊かで、慈愛に満ちた三代目火影の治める、強い集落だ。
決してこのような寂しさに満ちた所ではない。
「無理だよ。この土地はもう死んでる」
死んだと言いながら地に留まり続けるのは何故。
「死んでない。やるったらやる」
この土地を枯らしたままにしていてはいけない。だってここはまるで――――。
まるで、この男のようだ。
「……道具揃えてくるけど逃げたらケツにクスコ入れるよ」
男は椅子とイルカを手錠で繋ぎ瞬身の術で消えた。離れてみて男の執着心を更に測ってみようかと頭に浮かんだが、去り際に恐ろしい脅迫をされたので大人しく自然の中にいることを楽しむことにする。
この庭を一番楽しかった時代に戻してあげたい。
久方振りの外気に触れ、そんな気持ちがイルカの心の中でぐんぐん肥大していった。
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突然煙に包まれたかと思ったら、目の前にスコップやプランター、ありとあらゆる植物の苗や種が無造作に山となって積まれ雪崩を起こしかけていた。
「えっと……」
その量に圧倒され、イルカはしばし言葉を忘れる。火影屋敷の中庭だってこんなにいろんな種類の植物はない。
「何、足りない?」
男が再び瞬身の印を結ぼうとするので慌てて声を上げた。
「いや、むしろ多いというか!」
「庭造るんでしょ。適当に使ってよ。手錠外して紐つけてやるから勝手にやって」
ここだ、とイルカは一世一代の芝居を打つことにした。とは言ってもきょとんとした表情を自然に見えるように顔に貼りつけ、相応の口調に言葉を載せるだけなのだけれど、嘘の下手さでは右に出るものがいない程根が正直者な元悪戯坊主には難しいのだ。それも忍びとしてはどうかと思うが、人には向き不向きがある。
冷静に、焦らずにと心の中で唱えて、絶妙の間で返答した。
「ん? 一緒にやるんだろ?」
たった一言。しかし、その効果は絶大だ。
「はぁ? 何でよ」
案の定男の眉間に深い皺が寄る。ここでポーカーフェイスを崩してはならない。滲み出る怒気に圧倒されながらも、汗は何とか背中だけに留めた。
「だってお前ん家だし」
男には、普通の日常がなければならない、とイルカは思う。
できればこの庭は男と二人で元に戻さなければならないと、理由もなくそう感じるのだった。
「いくら庭弄りで疲れたからって言っても抱くのは止めないからそのつもりで」
意外と我侭を聞いてくれるものだ、と男に見えない角度でほくそ笑んだ。