男が去った後イルカは改めて檻の中を観察することにした。
とはいえ何もない部屋だ。三面の壁も床も天井もゴツゴツとした冷たい石、正面には扉つきの鉄の格子があるだけだ。かろうじて他との差異を持っているのはパイプベッドと便器だが、それも部屋の隅にそれぞれぽつんと設置してある。
使われた形跡のないこの監獄は至る所に砂埃が積もっている。
どれ程の期間監禁されるのか皆目検討もつかない。そもそもあの口振りでは同胞の、それも里の最も暗い任務に近い人物だ。そうでなかったら逆スパイ。
男は手続きと言っていた。勿論里にそのような無体を許す制度はない。任地における暗黙の了解での伽はあっても里内には持ち込まれないはずだ。大体誰に許可を得るというのだろう。ぐるぐると思考の海へと飲み込まれていくイルカだったが、はたと思い当たることがあった。それは下忍時代の仲間との噂話の一つだ。
暗部が過酷な仕事に従事するのは無論里の為でもあるが、火影の預かり知らぬ所で『我侭』を通すことが出来るからだ、というそんな内容だ。
それは一般の忍びと暗部が一線を画しているため憶測で広まった噂である。しかし、この状況ではあながち間違っていないのではないかとイルカは思う。
そして男が己を欲している以上、上層部はイルカを明け渡すだろうと予測がついた。
今まで幾度か戦地に赴いた。だが伽を強制されたことはない。そもそも性欲が我慢できない程長期の間滞在したことがない。
あの男に暴かれるのだろうか。どんな仕打ちを受けるのだろうか。
恐怖で身が竦む。このまま男が帰らなければどんなに良いだろう。イルカの震えで、手錠の鎖が床に擦れる音が独房に響く。
そして先程のようにコツと男が靴で石を打つ音が聞こえると、それは顕著になった。
「怖いの?」
格子の向こうで静かに男が問う。イルカが返事も出来ずに歯をカチカチ合わせていると、ギッと扉が開きガシャンと閉じられた。男がイルカのすぐ側までやってきて、しゃがみ込む。
「さっきまで元気だったのに。時間置いたから? だとしたら相当鈍いね」
男の手が伸びてきてイルカは思わず瞼を固く閉じた。するっと頭頂が緩んだかと思うと、そのまま床に髪が散らばる。紐を抜かれたのだった。
「イルカ」
名を呼ばれる。教えた覚えはないのに。
「うみのイルカ」
ただ男が呼ぶ。
「あんた、俺のだから。震えたって舌噛み切ったって逃げられない。あんたが残るって選んだの」
抑揚のない声にも拘らず、イルカにはどうしてだかその文句が悲痛に聞こえて仕方がない。
何か返事をしようとするも声が思うように出ない。
男は無感情な瞳でそんなイルカを眺めていたが、やがて徐に手を伸ばしイルカの下穿きを下着ごと引き下げた。
******
イルカの下肢がひんやりとした独房内の外気に触れる。足も錠を掛けられているので下穿きは脛までしか下りない。犯される、と反射的に足を閉じたものの、抵抗空しく膝を入れられた。
「ひっ……」
無造作に股間を握られる。萎えたモノは男の手の中でふにゃりと情けなく項垂れた。
男はぺちんとイルカのモノを放るとマントの下からチューブを取り出した。膝を突き出しているために僅かに覗くマントの隙間から確認できた男の服は体にフィットしており、極稀に戦場で見かけた暗部服に似ている。
体が再び硬直したイルカの尻に、ジェルをたっぷりと纏わせた男の指が突き立てられた。
「ぐッッ」
「色気のない声」
男はイルカの中をぐいぐい荒らそうとするが、そう簡単に解れるものでもない。イルカが呻く度ジェルが足されて尻の周りと床はべっとりと湿ってしまった。
まだ無理があるのは分かりきったことなのに男はイルカを気遣う様子もなく指を増やす。ジェルを使って解されるだけマシだと言い聞かせるも、不快感は拭い切れなかった。
ガチャガチャと鎖が鳴る。引き千切ろうにも叶わず、イルカは奥歯を噛み締めて堪えた。だがそれがイルカの後口を頑なにする。
「明日麻酔入りを取り寄せるとして、今日は――――ああ」
男は再びマントの下を探ると、里でよく見かけるポーチを取り出した。それが何なのか理解すると同時に体が再び冷たくなる。
それは千本入れだった。この忍具には麻酔薬や毒薬が塗られていることが多い。知り合いの忍びは口に咥える千本の先端にそれぞれ麻酔と蜂蜜を塗布しており、たまに間違えそうになって慌てているのをこんな時なのに思い出す。
「小型の野生動物用だから弱いけど、これで括約筋が少しは解れるでしょ」
千本は男の指より遥かに細いが、長い。そして先端はよく手入れされているようでしっかりと尖っている。
「いやっ」
「動かないで」
男は人差し指と中指をイルカの肛門に宛がうと、閉じようと懸命な穴を無常にも広げた。
「う……」
そして男は躊躇なくイルカの尻に千本を差し込んだ。
「ああ……」
イルカの背から下半身にかけてがぶるりと震える。感覚が奪われていくのが如実に感じられた。即効性なのか、力を込めてもちっとも後ろが締まらない。
「ガバガバにしないでね、気持ち良くないから」
もう自分の肛門がどんな状態かさえイルカには確認できないというのに男は意地の悪いことを言う。これがせめて冗談めいた口調なら……いや、そもそもこのような行為はすぐにやめてほしいのだが、ともかく冗談を交えているのならまだ聞き流せたのだけれど、男の言葉には何一つ着飾りはなかった。
男の凶悪なモノがぬっとイルカの腸壁を割き入る。
満足のいく締めつけがない、と男は数回イルカの尻をピシャリと打った。
意識してイルカが下肢に力を込めると徐々に抜き挿しが激しくなる。男の吐息が甘くなり、熱を帯びる。
ビシャッと腹の奥に熱を感じ、ようやくイルカは全身から力を抜いた。解放される、そう思ったのに。
「まだこんなもんじゃ足りない」
淡々と言い放ち、再び腰をぶつけられ、尻を打たれ、啼かされた。
結局男は一度や二度ではきかない回数精を吐き出し、イルカが気絶するまで貪った。
******
目を覚ましたのは男に清められている最中だった。煙の篭る湯船の中でチャプチャプと、先刻の獣のような荒々しさとは打って変わって殊更丁寧に扱われている。
手、足、そして散々暴かれた秘所に指が這わされ、そのあまりの優しい手つきにイルカは泣きたい気持ちになった。
更に、ふとした合間に小さく「イルカ、イルカ」と呼ぶ声が親猫を求める子猫のようで。
男の考えていることが分からない。ただ嬲りたいだけだと考えていたのにこのようにされてしまっては混乱してしまう。
せめて起きていることが悟られないように、イルカは必死に全身から力を抜いた。
やがて体の隅々まで温まった所で湯船から引き上げられ、指の先、髪の一本一本をタオルで拭われた後、清潔な服を着せられて檻の中へ運ばれた。
そのままベッドの上に横たえられる。手錠を掛けられる様子はない。
改めて気配を探ろうとして、耳元で囁かれた。
「寝たフリ下手糞だね」
イルカは囁かれた右半身に鳥肌を立てながら布団を鼻まで持ち上げた。
「うるさい」
「寝てなよ。これからずっと抱き潰すんだから」
真ん中だけ引っ張った布団の両端を整えられる。
「何がしたいんだ?」
「何も」
「何でオレなんだ?」
「内緒」
「なあ」
「喋りすぎ。もう寝な」
術を掛けるためか、先程までイルカを丁重に扱っていた大きな手が顔の上に翳される。
今を逃したら今後ずっと訊けないような気がしてその手首を掴んだ。
「……あんたの名前は?」
「――――ないよ」
そう答えた男の声は落ち葉を踏んだ音のように微かだった。
そして強制的な眠りがイルカに訪れる。