色素が薄くて、風が吹いたら存在ごと消えてしまいそうな儚い人だった。
オレが「おーい」と声を上げながら走り寄ると、ビクンと弾かれたように立ち上がった。
「人!?」
彼はオレを確認すると同じように駆け寄って来て体をぺたぺたと触って実態があるか探り始めた。
その間、「人だ、人だ」と嬉しそうに零す。
そのうちにぎゅうと抱き締められたり、頭をぐりぐり押し付けられたりして苦しかったが、オレも久々に誰かと交流することの喜びが勝ってされるがままになっていた。
「オレはやっぱり人型なんだ」
嬉しくて訊ねると、彼はぶんぶんと何度も頷いた。雄型に見えるのに、動きが無邪気で可愛い。
「うん、人だよ。俺はどう? 自分ではずっと人型だと思ってたけど、顔だけ違ったりする?」
「いいえ、人型。立派な!」
良かった、と彼は微笑んだ。この人はきっと、オレより長い期間ずっと不安と戦ってきたのだろう。その証拠にオレの手をずっと離さない。
彼の右手は体温が低いなりに、きちんと温度があった。それを告げると「熱もあるんだ、自分だと気のせいかもってイマイチ信じ切れなくて。ありがとう、ありがとう」と何度も礼を言われ、
「貴方は暖かい、とても」と微笑んでくれた。
胸の奥がじんわりとする。恋に落ちるのに似ていた。同時に、これがいわゆる『吊り橋効果』かと思うと面白くて腹が捩れた。
いきなり笑い出したオレに「どうしたの?」と訊ねてきたのでそのまんま答えたら、彼にもこの言葉が通じたのか一緒に気の済むまで笑い転げた。
笑って出てきた涙に二人でまた感動して、「生きてるね」「生きてる」と言い合って抱き合ったりもした。
一息つくと自分の特徴が気になってきた。彼は人間の感覚で言うととても美しい造形をしているので、それを教えてあげたい気持ちも手伝った。
「俺はどんな特徴だか教えてもらってもいいか?」
彼が犬型だったら絶対に尻尾が千切れそうなくらい左右に振り回されているだろう。互いを確認することは安心に繋がる。
「えっとね、髪は黒。瞳も黒。キリッてしてて好き。漢って感じ! ね、ね、俺は?」
ぎゅうと力が込められる右手が痛い。彼は感情が体に現れるタイプみたいだ。包み隠さず答えた。
「貴方の髪は……白、じゃないな、銀色。キラキラしてて綺麗」
光を放っているような不思議な髪の色だった。月を煮詰めても金属を磨いてもきっと敵わない。
「瞳は、凄い、右目が海みたいに深い青で左目が真っ赤。変わってるけど似合ってるよ」
俺ってそんな風なんだ、ずっと知らなかったとはしゃぐ彼が、「そうだ!」と何か思いついたのか突然叫び出す。
すぐ隣にいるのに彼の声は非常に大きい。ずっと誰かと会話をしていなかったからスピーカーが壊れているのかもしれないな、なんて思った。。
「何?」
「お互い名前をつけよう! 存在の証明に」
それはとても良いアイディアのように思えてすぐに賛成した。座り込んで話し合う。
ただ、名前を付けるのはとても難しかった。オレ達は人型でもいろんな人種を経験しすぎていて、どの言語にすべきかなど考えることが山積みだったのだ。
結局彼が一番最近なったのが日本人の農村で暮らす青年だったということで、日本語に限定することになった。オレはここのところ人間はご無沙汰だった。
「じゃ、この間まで何に入ってた?」
「イルカ!」
あの大海原で泳いだ日々のことはまだ思い出せる。
「海は良いね」
彼が賛同してくれてオレはウキウキとしてきた。今すぐ泳ぎだしたいくらいにはご機嫌だ。
「ああ、仲間も多いし。キミは?」
「俺は田中真一だった」
そうだ、日本人だったんだ。それにしても……
「平凡な名前だな」
「はは、俺もそう思う。こいつの名前貰うのもちょっとなぁ……」
うん。この見た目に『田中真一』は、『田中真一』には悪いが似合わない。
オレは思いついたことをぽんぽん投げ掛けることにした。
「うーん、何か田中時代に得意だったものとかは?」
彼は少し首を捻って、
「特技? え、案山子作りの名人だったことぐらいしかもう覚えてないや」
と笑い飛ばそうとしたので、
「それでいいじゃん、カカシで。オレはイルカ。三文字でお揃いだ!」
と強引にまとめることにした。だってキリがないし。
カカシだってそんなに悪い名前じゃない。遠い記憶の案山子はマネキンを使っていてリアルで怖かった覚えがあるけど、それはカカシには内緒だ。
「カカシぃ? ……ま、いっか。お互い人名にしてはちょっと珍しくていいんじゃない?」
カカシも納得してくれて一安心。
かくして、オレはイルカ、彼はカカシになった。