おびただしい量の【箱】や生き物の間をすり抜ける。
それらに生命の匂いは感じられない。ここに存在する者達は中に入って初めて価値が発生するからだ。
見目は違っても全員変わらなく見えるし、実際考えてることなんて違わない。【箱】に入って出る、それだけだ。【箱】の中で無心にセックスしてる時だってもう少し頭を使っている。
そこでふと思う。それならば【箱】にすら入れないオレの存在意義ってあるのか?
恐ろしいことを考え付いてしまったものだ。
塔に到着しても事態が好転する確率は低いだろう。この先何も知らない世界でどのように過ごしていくのか分からない怖さ。虚無の恐怖。
終わり方も知らず、相手にもされず、孤独にただ『ある』ことしか出来ないかもしれない。
ゾッとした。あくまで感覚の上で。
そう言うのも、この空間には気温というものはおそらく存在していないからだ。過ごし易いというか、皮膚に何も感じられない。
それは中の世界と違いこの皮膚にそれを感じる機能が付いていないだけかもしれないけれど。
本当に今のオレには何もない。いや、何があって何がないのかすら今一つ分からない。あるのは枠としてのこの体と、『オレ』という正体不明の意思のみだ。
歩く。どんどん歩く。塔との距離は縮まったように思えない、それでも歩く。
途中なんとなく【箱】を持ち上げて落としてみたい気分になった。しかし思い留まる。いつか帰れるかもしれない場所だ。ここでの行動がどう中に影響するのかも不明瞭だし。
下手なことをするものではないと自分に言い聞かせて足を動かした。本当は臆病なだけなのだけど、余り認めたい感情ではない。
決して疲れはしなかった。飽きるだけ。しゃがみ込んで辺りを見渡しても同じ景色で面白くもなんともない。だから歩く。
目を瞑って一番新しい記憶の海を思い出してみる。安心のする音に包まれていて、仲間がいて、疲れがあった世界。一つとして同じ色が存在しない冒険の世界。
目を開いてがっかりした。今度は広葉樹が染まった山を思い出す。それが済んだら荒れ狂った街。それが済んだら――――
*****
それを何千回、何万回繰り返しただろう。目を瞑るから人にも【箱】にもぶつかった。でもそれだけで何も起きない。
思い出したくない幾度もの死の記憶さえも呼び起こし、瞼を持ち上げ絶望する。己にマゾヒズムを感じないでもなかった。
『一生の一部』を幾度も繰り返し、『永遠』の半分くらいかと紛うような時間を歩いた頃、ようやく塔まで辿り着いた。
それは変わっていた。嬉しいことだ。そして内部に入れそうだった。それもまた喜ばしい。
この世界にある唯一の変化にオレの心は躍った。この塔も、塔までの距離とは比べ物にならないがかなり高い。しかし頂上はある。
終わりがある。その先に何もなかったら、などとは後で考える。
突っ張った皮膚のような塔に入ると、壁の一部にほぼ真っ直ぐ上にへこみがへばり付いていた。
誰がこんなものを作ったのかは分からない。一つ一つのへこみを観察するとデコボコとしていて不恰好だ。足を引っ掛けられれば御の字、という代物ばかり。
これまで整然と並べられた規則正しい【箱】ばかり眺めてきたオレにはそれがとても新鮮で、しがみついて頬ずりをした。指を這わせその感触を楽しみ、咆哮を上げた。
砂漠でオアシスを発見した時の感動を宇宙の生まれるずっと前から積み重ねていったような、いやそれどころじゃない、とても言葉では表現できない心の震えに身を委ねた。
休む必要はないのだけれど、仰向けに寝転び遥かな高みを睨みつける。突き上げる高揚感をたっぷり視線に載せて飛ばしてから、久し振りに何も思い描かずに瞳を閉じた。