伝言ゲーム 伝達編

 あと数分で一月ほどの任務に出なければならないカカシだったが、こんな時に限ってつまらない用事を思い出してしまった。いつもなら式を出せばいいのだけれど、今回の任務はそのための極僅かなチャクラも無駄に出来ない慎重を期すべきものであるためはばかられる。勿論瞬身の術など以ての外だ。片方は本当にどうでもいいことなのだが、もう一方が少々気掛かりなためもやもやとしながら任務を遂行するよりは伝えてしまいたい。誰かが通りかかればいいのだけど―――するとタイミング良く、部下のナルトが向こうから歩いてきた。良かった、これで出立できる。カカシはホッと息をついてナルトに近づいた。
 カカシが伝えたいのは二点。
 一点はアカデミーの廊下を昨日血だらけにしてしまったことだ。一応手早く掃除はしたのだが、暗がりだったため隅の方がきちんと拭えていなかったかもしれないという不安があったため、アカデミー教師でいつも懇意にしているイルカに、タワシで血痕を発見したら擦って最終的に熱湯消毒して欲しいと依頼しようと思っていたのだ。
 もう一点はとてもくだらない。先日の酒の席でしきりに彼が中川家という漫才コンビの服がいつも同じように見えると言っていたのでふと思い立って確認してみると、どうやらずっと一張羅を着回していることが分かったというそれだけのこと。
「ナルト、ちょっとイルカ先生に伝言して欲しいんだけどいいか?」
「おう、任せとけってばよ!」
 声を掛けたは良いが、はたと思い当たる不安要素が一つ。こいつ、長い伝言覚えられるのか?
 意外性ナンバーワンの部下でメキメキ力も付けてきているものの、ナルトのアカデミーの成績は決して褒められたものではない。ていうか送られてきた情報ではドベだった。カカシはコホンと咳払いをして要約した内容を伝えることにした。イルカは優秀なアカデミー教師であるから、多少分かりづらくても理解してくれるだろう。ナルトが誤った情報を届けることとイルカの情報整理力を天秤に掛け、カカシは簡潔な文章を部下に告げた。
「中川家一張羅着続けてます。あと廊下タワシと熱湯してください、お願いします。これを伝えてくれ」
「んん? なんかよく分かんねーけどこれ言えば通じるんだよな?」
「ああ、よろしく頼む。まあ何かあったら五代目を頼るように言っといてよ」
 暗部任務にちょこっとだけ関わってしまうから少し問題かもしれないが、イルカならば綱手に一言告げれば問題ないと踏んでの人選でもある。テンゾウは生憎今回の任務で同行するので雑用を頼めないのだ。
「おっけー、困ったらばーちゃんに頼れってことね。りょーかいだってばよ!」
 心のもやもやも晴れたカカシは、一小隊を率い木の葉の里を後にした。


******


「えーっと、なかがわけいっちょうら……」
「あ、ナルトこんな所にいた!任務よ任務!」
 上司からの伝言を忘れないように口の中でもごもご呟きながら受付所を目指すナルトだったが素っ頓狂な声につい復唱を途切れさせてしまった。途端に脳内からはすっぽり文章が抜けてしまった。
「さ、サクラちゃぁん……」
 涙目で振り返るナルトにサクラは眉間に皺を寄せた。ナルトが任務に遅れるのはしょっちゅうで、それを引きずるのもまたしょっちゅうだからだ。自然口調が厳しくなってしまう。
「何よ、サボる気だったの? 私とアンタとシノのスリーマンセルで西の森の見回りでしょ!」
「違う違う、俺カカシ先生からイルカ先生に伝言頼まれてて……」
「あら。でもこれから任務だし―――あ、キバ!ちょっと伝言頼まれてくれない?」
 少々逡巡したサクラの視界に赤丸に乗って駆けるキバが目に入った。両手でメガホンを作り呼び掛けるとすぐに方向転換してこちらへ向かってくれる。赤丸の一吼えの後、キバが二人の前に降り立った。
「ああ、構わねーよ。んで誰に何て?」
「カカシ先生からイルカ先生に……えっとぉ」
 まごつくナルトに再びサクラの眉間の皺が復活する。伝令をすることもある忍びの身だ、よもやその内容を忘れるなんてことがあってはならない。
「ナルト、まさかアンタ忘れたんじゃないでしょうね?」
「そ、そんな訳ねーじゃん!んーっと……あ、思い出した!」
 頭の上に電球を乗っけてお手柄とばかりに大声を出したナルトに、サクラが大げさに溜息を吐いてしまったのも仕方がない。
「やっぱり忘れてたんじゃない」
 帰って来て頼りになる場面が増えたかと思うとこれだ。それがナルトらしさと言ってしまえばそれまでなのだけれど、振り回された乙女心はたまったものじゃない。そんなサクラを尻目にナルトはキバに嬉々として文言を語った。
「まあまあ。んと、『穴か分け目一生ライチ続けてます。あと廊下タワシと結党してください、お願いします』って言ってた!」
 キバとサクラが顔を見合わせる。
「なんだそりゃ?」
「言えば通じるって。多分暗号か何かだと思う、俺も最初聞いた時訳分かんなかったし。あ、あと困ったら火影のばーちゃんに頼れとも伝えてくれって」
「成程、里がまだ慌しいから暗号が必要なのか。火影様が暗号表持ってるってことなんだろうな、了解した!」
 ナルトの理屈にようやくキバは合点がいったようで二、三回復唱するとスラスラと先程ナルトの話した通りの文言を口にした。ナルトはともかく、そばで聞いていたサクラが頷くのを確認すると踵を返し、任務受付所へ向かうよう赤丸に頼み再び里の中を駆け出して行った。


******


「ふむ、他人と友情を深めるには時に意外性を見せることも大切……」
 今日も今日とて勉強家のサイは他人との付き合い方を本から学んでいた。早速覚えたことを実践したいのは山々なのだが、生憎ナルトとサクラは任務に出てしまっている。まったく知らない相手よりも多少縁のある人間を、と辺りを見渡すと、見覚えのある巨大な犬とその上に乗る青年を発見した。
「おーい、えっと、……あ、そうか。意外性………」
 とりあえず分かりやすい意外性として、意外な所から出現するのはどうだろう。そう思い立ったサイは都合よく垂れ下がっていた木の枝に変化で擬態することにした。下を通り過ぎたキバのフードを引っ掴んで一言。声を潜めるのもいいと呼んだことがあるので合わせ技でアタックしてみた。
「キバー……赤丸……」
「ギャアアアアアアアッッッ」
「ギャワワッワワワワンッッッ」
 結果、一人と一匹をちびらせることに成功した。
「て……てめえ、俺伝言預かってんのにこれじゃあ一回家帰らないといけねぇじゃねぇか!」
 ズボンをびしょびしょに濡らした同世代を正直ダセェと思ったものの、それを口に出すと喧嘩になり、仲が悪くなることも本で読んだ。ここは素直に詫びて何か相手が気に入ることをすべきだとサイの優秀なオツムは判断し、そのターゲットを『伝言』に絞ることにした。
「あ、ごめん。人付き合いには意外性も大切って本に書いてあって……。お詫びに、その伝言僕が伝えるよ」
 本に書いてあった通り両手を取って謝罪の意を示すとキバはそれ以上文句を重ねることもなく引っ込んで頷いた。本当は重ねられた手のひらにキバがうっかりドキッとしてしまっただけなのだけれど、まあそれはそれである。
「じゃ、じゃあ任せるけどよ。アカデミー教師のイルカ先生、多分今任務受付所にいるんだけどさ、その人にカカシ先生からの伝言で―――」
 そこでキバは固まってしまった。先程のサイの登場のショックですっかり内容を忘れてしまったのだ。しかしここで「忘れた」などと言えば絶対に馬鹿にされる。しかも先程ナチュラルに触れられた手のひらにときめいてしまったこともあり、格好悪い所を見せたくないという謎のプライドも誕生してしまった。しょうがないので頭を捻りなんとか外形が似た文言を作り出した。暗号表があるのだし、いざという時はイルカのことだから似た言葉から答を導き出してくれるだろうという完全に人任せではあるのだが。
「え、えーっと、『穴多田家を一生愛知続きます。あ、どうかタワシと血痕してください、お願いします』だったな、うん。ま、困ったら火影様に教えを乞えってさ、じゃあ後よろしく!」
 これ以上の追及を拒否するためにキバはあっという間に赤丸と共に逃げ去ってしまった。残されたサイはその背中を見送りつつ、謎の伝言の正文化を図ることにした。


******


 受付の癒し系ことうみのイルカは叶わぬ恋をしていた。お相手は里一番の業師であるはたけカカシ、男性である。上忍の権力を笠に着せず、気さくに接してくれる所、ふわりと柔らかい笑顔を向けてくれる所、里を愛していることが言葉の端々から滲み出ている所と、好きな所を挙げればキリがない。しかし階級差、さらに男同士であるがゆえイルカはその想いをカカシに伝えるつもりは毛頭なかった。今の良い友人という立場になれただけでも奇跡なのだ、これより上は望んでは罰が当たる。こうしてイルカは日々胸に秘めた恋心をじぃっと大切に温めるに留めていた。
(―――カカシさん、今日から長期任務か。お怪我がないといいな)
 ぼんやりとカカシを想っていたイルカの前にスッと誰かが現れた。黒髪に懐かしのヘソ出しルック、筆を背負った奇抜な格好をしているのは最近カカシ班の一員となったサイだ。
「えーと、イルカ先生は貴方ですよね? 伝言を預かってます」
 ナルトやサクラから聞いた話ではこの青年は人との接し方があまり得意ではないようだ。急かすことをしない態度を心掛けることにしたイルカは、受付スキルを全開にして微笑みかけた。
「ああ、ありがとう。確か君はサイだったね。ナルトとサクラをよろしくな」
「はい。それで、伝言をこの場で話してもいいですか? カカシ先生からなのですが」
 チラとイルカは五代目火影を伺った。イルカ宛の伝言は時折火影の審判を仰ぐような内容である場合がある。綱手は豊満な胸をワンバウンドさせて頷いた。
「カカシからかい。いいよ、話しな」
 サイは何故この件で火影の許可が必要なのか分からなかったが、深く考えることを止めて目的を遂行することにして口を開いた。
「はあ、それでは。『貴方だけを一生愛し続けます。ああ、どうか私と結婚してください、お願いします』だそうです。あ、何か困ったときは火影様に相談するようにとも」
 受付所の時が停止した。



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