先日のサスケの様子が脳裏に甦ったカカシはすぐに二人を保護すべく印を結ぼうとしたが、
ナルトはそんなことお構いなしに鷹へと近づいてしまった。
壁と窓を壊したきりピクリとも動かない鷹だ。
攻撃のための力を蓄えているのかもしれないからよせ、とカカシは止めたがナルトは聞く耳を持たず鷹の顎の下を撫で始めた。
「ピー太郎は俺に攻撃はしねぇよ、カカシ先生。コイツサスケに郵便屋代わりさせられてるだけだってば、行った先々の家壊すけど」
ピー太郎と呼ばれた鷹は微動だにしないのではなく、怒られるのに怯えて身をすくめていたのだった。
ナルトの手つきが優しいことに安心したのか今は目を細めてされるがままになっている。
「お前もサスケにちゃんと言えよ、やりたくないって。あと家の修理費請求するって伝えといてくれよな!」
返事として鋭く一つ鳴くと、ピー太郎は羽毛の間から嘴で器用に手紙を取り出しナルトに押しつけ、翼を広げ飛び立った。
「サンキュー、気をつけて帰れよ!」
見送るナルトの後ろでカカシとイルカはぽっかり穴の空いた壁を前に現実的な相談をしていた。
「ヤマト呼びましょう。なんか恋人と今日からバカンスとか言ってたけど、呼べば来るでしょアイツなら」
「お願いします」
ここに一人尊い犠牲が誕生する未来が確定した。
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頬にモミジを貼り付けたヤマトに壁の修復と、ついでにイルカの希望である寝室の防音加工を任せ、
はたけ一家はすっかり普段の生活を取り戻していた。
「カカシさんお茶どうぞ。あとでヤマトさんにも運びますね」
イルカも長年の経験からヤマトの都合を潰すことに対する罪悪感は消え去っている。
この気遣いは真夏の昼間にやって来る佐○急便のお兄さんに麦茶を出すのと同じ理屈だ。
「ありがとうございます。イルカ先生の淹れるお茶はいつも美味しいです」
勿論カカシにヤマトに対する遠慮の二文字はない。
「ふふ、こればっかりはこだわってますからね。ナルトも飲むだろ?」
「んー、出掛けるからいいや」
当然飲むものとして既に準備済みだったのだが、
ナルトが首を振って立ち上がってしまったのでイルカは傾けかけた急須を慌てて平行に戻した。
「急だな。どこにだ?」
「ちょっとヒナタとサスケん家行って来る。そんなに遅くはならないと思う」
「「え。」」
カカシとイルカは顔を見合わせた。
サスケと言えば、BA○ARAの猿飛さんや人生捧げちゃう人もいる魔のスポーツ番組を除けば一人しか該当しない。
過去に公開プロポーズを全力でスルーされ、此度のナルトの結婚のショックでガリガリになってしまった、
ピー太郎の飼い主のあのうちはサスケだ。
「ヒナタを連れて来てくれって手紙に書いてあったし」
ヒナタと二人で来いとは危険な誘いではないのだろうか。
カカシの脳内にはかつてイルカを攫って里抜け未遂まで行った自分の姿が、
イルカの脳内には同僚にまで殺気を飛ばすカカシの姿が浮かんだ。どっちにしろ楽観できる事態ではない。
「ちょ、ちょっと待って。・・・俺達も行くから。ね、イルカ先生?」
カカシの提案にイルカもブンブンと首を縦に振る。
過去のカカシとイルカはなんだかんだで両想いだったが、サスケは叶う望みの欠片もない片想いだ。何をするか分からない。
何かあった時のために同行するのが最善だ。二人は視線だけで以上のことを交信した。それに気づけるナルトではない。
「へ? 来るの? 分かった。俺ヒナタん家寄ってくから先行ってて!」
言うなりナルトは先程出て来たばかりの日向宗家へ飛んで行った。残された二人はてんてこ舞いだ。
カカシは忍犬達を手の空いた上忍達の元へ走らせ、イルカは上忍捕縛用の巻物の一級品を保管棚から探し出す。
時間が惜しいので、普段は里内で無駄なチャクラを使用すると目くじらを立てるイルカも、
この時ばかりはカカシの瞬身の術に身を任せた。
結局ヤマトはお茶を貰えないばかりか、有無を言わさずはたけ家の留守番をする羽目になったのである。
******
二人がサスケの家の前に到着した時には既にナルトとヒナタ、そして他の誰かの気配が中にあった。
「あ、カカシ先生とイルカ先生やっと来た!」
「サクラ?」
引き戸から顔を出したのは教え子の一人のサクラだった。
今では金さえ払えばどんな病気や怪我でも治せるモグリの医療忍として里人の一部に知られている。ちなみに普通の治療も行う。
「ネジさんもいるわよ。二人が来るまで食べるの待ってたんだから早く早く!」
「食べる?」
ハテナが頭上に乗っかった二人だったがその疑問は解消されることなく、
すっかり女性らしくなったサクラの見た目にそぐわない脅威の怪力で、あれよあれよとうちは屋敷へ引っ張り込まれた。
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サクラに連れられて来た広めの客間には既にナルトとヒナタ、それにサスケとネジが一枚板の座卓を囲んで談笑していた。
サスケはカカシが最後に会った時よりも若干ふっくらとし顔色も良くなっている。ナルトとヒナタに対する表情も柔らかい。
最悪の事態を想定して来た二人はホッと体の力を抜いた。
カカシは先程忍犬を走らせて集合をかけておいた暗部や上忍連中にこっそり解散の合図を送りつつ腰を下ろし、
イルカは袖に仕込んでいた巻物をそっとベストのポケットにしまい込んでからカカシの隣に着席した。
そんな二人の不審な行動を気に留めることもなく、サクラはサスケの元に小走りで近寄って行ってこしょこしょと小声で確認する。
サスケが頷いたところを見ると、何かの許可を得たようだ。
エプロンを翻し台所方面に消えたサクラだったがすぐに大きな皿をうやうやしく運んで戻って来た。その上に鎮座しているのは―――
「ケーキ?」
三段に重ねられた厚めのスポンジが真っ白なホイップクリームに彩られ季節のフルーツがふんだんに飾られたそれは、
紛れもなくケーキ。
「サスケくんが作ったのよ!ネジさんと私も試作は手伝ったけど、これは最初から最後までメイドバイサスケなんだから。ほらコレも」
これ、とサクラが指差したケーキの中央には、マジパンで形成された九尾の狐と白目の黒猫がちょこんと寄り添って座っていた。
表情は単純化されていても二匹ともその目は弓なりに描かれている。
「サスケェ・・・」
「ありがとうサスケくん。すごく可愛くて食べるのが勿体ないくらい」
「物よりも食べ物の方が腹の子にも届くと思ってな」
独り言のようにそう呟くサスケは本当に愛しそうで、
心から子供の誕生を祝福しているのだとその場にいた全員に分かるほど穏やかな雰囲気を纏っていた。
ぐっと場の空気が明るくなり、しばらくはナルトとヒナタへの改めての祝辞の言葉だったが話題は当然の如くサスケの手作りケーキのことに移る。
「こうして今は立派なケーキが出来ているが最初は酷かったんだぞ。泡立てに洗剤入れてるわスポンジは焦がすわ・・・
挙句の果てこれまでの失敗作も全部食べていたというのだから、ここ最近のサスケの極端な不調にも納得がいった。
料理を得手としない俺でもさすがに洗剤は入れないし食わない」
ネジがやれやれと肩をすくめた。サクラも散々な出来なケーキもどきを思い出したのか溜息混じりにこぼす。
「そうね、私もサスケくんどうしちゃったのかって心配してたんだけど、まさか洗剤食べてるとは想像もしてなかったわ。
誰かに薬でも盛られたのかと思ってた」
「俺はそんなヘマはしない」
サクラの憶測に気分を少し害したのかサスケは憮然とした表情を浮かべた。
「生クリームに洗剤入れるのは立派なヘマだってばよ!」
うちは屋敷に磯野家のような笑い声が響く。
「黙れウスラトンカチ、なかなか泡立たなかったら誰だって一度は試すだろう」
「さすがにそんなもんは入れねーって!」
「二人でやってもうまく行かないって私のところにヘルプがきたの。
教えたらすぐ応用まで出来ちゃったくらいだから、日数があればウエディングケーキ作れたかも知れない!」
「ウエディングケーキか・・・仲間内でパーティーを開く時に作ってみてもいいかもしれないな。普通のケーキとどう違うんだ?」
若者達がケーキ談義に花を咲かせ始めた中、カカシとイルカは少々居心地の悪さを感じていた。
今までの行動が行動とはいえ、かつての教え子であるサスケを疑ってここまで来てしまったことに対してだ。
この場のサスケは一友人としてナルトを祝おうという心遣いに満ちている。
いやそもそも、最後にカカシがサスケに会った時には既にケーキ作りの試作を行っていたのである。
イルカは心の中で、しばらくはサスケに報酬の割には体が楽な任務を多く振り分けてあげようと心に誓い罪悪感が軽くなったところで、
カカシは後日バナナでもあげればいいかとそんなに深く考えることなくケーキ談義に参加した。
「そろそろ皆でいただきましょうよ。いいわよねサスケくん?」
「ああ、食べてくれ」
仕事の丁寧で早いのが売りのサクラだ。たかが取り分けにも妥協せず、
フルーツもグラム単位で同じ量を七人均等に配分している。
見た目も美しいケーキを前に全員がいただきます、と手を合わせフォークを手に取った。
「あ、美味しい・・・・」
一口運んだヒナタが瞬時に声を漏らしてしまったのも無理はない。
有名店も尻をまくって逃げ出すほどに完璧な焼き上がりのスポンジに滑らかな生クリーム、
味も決して甘すぎず、かと言って淡白でもない絶妙な加減だ。
「んまかったー!!」
ナルトなんて既に自分の皿の上を空にしてしまったためにネジのものを侵食しようとして、案の定返り討ちにあっている。
「ふん、当然だ」
そう尊大に言い放ちつつも一口食べて明らかにホッとした様子を見せているサスケに、カカシとイルカも表情を綻ばせた。
******
「サスケくん、あのね、お腹触ってみない?」
控えめな口調だったがヒナタがそんなことを提案すること自体が珍しい。
「えっとね・・・サスケくんもナルトくんが好きだったでしょう?
私祝ってもらえると思ってなかったからとても嬉しくて。それにこの子もこんなにステキなプレゼントをもらって感謝したいと思うから・・・」
サスケは若干困惑した様子だったが、ナルトが嬉しそうに背を押すので苦笑しつつヒナタの前に立った。
「ありがとう」
いつになく慎重に右手を伸ばし、ヒナタの下腹部にそっと当てる。
まだ表の者に分かるはずもない鼓動を感じ取るかのようにしばらくそうしていたが、やがて満足そうに手を離した。
それだけでいいのかとナルトが問うたがサスケは十分だと答え、それ以上触れようとはしなかった。
「あまり長いことヒナタを触っててもお前に・・・あとヒアシさんに怒られてしまう」
そう言われれば近々夫なる身として黙るしかない。ナルトは少々頭を捻り、名案が浮かんだとばかりにパァと瞳を輝かせた。
「んー、じゃあ代わりに腹の子に話し掛けてやってくれよ。喜ぶと思うし!」
「それいいじゃない。私も後でお話させてね」
サクラに続き、俺も未来の宗家に挨拶をとネジも乗り、
カカシやイルカも初孫へのメッセージを何にしようかと考え始める始末で、
サスケが口を挟む隙もなく完全にそうするムードになってしまった。
「まずはサスケから!何だっていいからさ!」
やれやれ、と改めてヒナタの前にしゃがみこむサスケだが、その赤い目はあくまで柔らかい。
顎に手を当ててしばし考え込んだ後、覚悟を決めたように向き直って口を開いた。そして―――
「元気に生まれて来いよ、未来の俺の嫁」
心の底から幸せそうにそう語りかけたのだった。
「え? あの・・・」
「火影岩の上でプロポーズするから楽しみにしててくれ」
「あのー、サスケくん? ヒナタ固まっちゃったわよ」
数年前にもサスケを止められなかったサクラの言葉は今回も効果がなかった。
「ハネムーンは雲隠れの里が第一候補だぞ。お前が気に入ったら別荘を買ってもいい」
「ちょ、サスケてめえ勝手ばっか言うな!!」
さすがのナルトもこの段階から子供の未来設計をされては堪らない。
激昂したナルトが掴みかかろうとした手を容易くかわし、サスケは不敵に微笑んだ。
「ナルト、俺を止めたくば十六年後に終末の谷でな。
ちなみにお前がそれまでに死んでたら自動的に子供は嫁に貰っていく。うちはの再興もそれまでお預けだ」
「! お前・・・」
「じゃあ俺は未来の嫁のために霧の里奥地に潜入して伝説の産湯を手に入れてくる。次に会う時は出産前だな」
さらばだ、とどこかのロリコン燕尾服仮面男のような捨て台詞と共に、サスケは窓から木の葉を発った。
残された一同は空になった皿を眺めながらサスケの真意に心を暖かくする。ナルトに至っては今にも泣き出しそうだ。
「サスケのヤツ、良いプレゼントするじゃないの。してやられましたねイルカ先生」
「ええ。アイツの野望を阻止するためにお前も十六年何があっても生き延びろよ、ナルト」
サスケやカカシ、イルカはナルトの出生時の話を本人から聞いている。それだけに、言葉の意味も一層深いものとなった。
「うん・・・うん!」
ほっこりとした雰囲気の中、表情を暗くする白目が二名。言うまでもなくネジとヒナタである。
「ヒナタ様、今朝の白眼検診によると、生まれてくるやや子は確か―――」
「お、男の子です・・・」
その一言に室内の空気が急激に冷却された。ついでに盛大に血の引く音も。
「・・・アイツもホント運のない男だね」
カカシのもっともな言葉に頷き、一同はNARUTO界一不遇な男の消えた方角を黙って見つめるしかなかった。