加速する体に、そういえばここにも重力があるんだよな、と当たり前のことを感じた。
カカシが何故オレを殺そうとしているのかは分からない。
オレはうつ伏せになって腹と顔で風を受けた。
普通飛び降りを行うと途中でショック死するらしいが、今は何とも落ち着いた気持ちだ。
少しだけ寂しいけれど。カカシともう喋れないことが。
周囲には何もない。当然だ、ここはこの空間の中ににょきっと生えた塔の、そのまたぐんぐん伸びた梯子から飛び降りた世界なのだから。
痛いのかな。カカシがオレの手を握った幸福の痛みではなく、きっと冷たい、氷のような痛みなのだろう。それか地獄のマグマのような強大な力による痛みなのだろう。
遠い昔に感じた、壮大な痛みの記憶に身が竦む。
と、右手が不意に温かくなった。
カカシの銀色の髪が逆立っている。こんな状況なのにオレは笑った。
カカシ、と口だけ動かす。この風の中では呼吸なんてできない。
カカシは笑って「O・E・N・E」の形を作った。ごめんね。
死ぬの? と訊いた。
首が振られる。
「E・U・O」
べつの。
「E・A・I・E」
せかいへ。
行けるの? と訊いた。
カカシが頷く。
上を指差し、バツ印を作る。途方もない天上に、カカシは見切りをつけていたらしい。
「U・U・I・A・U」
読み取れなくてもう一度と強請る。今度は唇の微妙な動きも舌の丸まりも見落とさない。「U・U・I・A・U」。
ゆうきある。
ここで、あと数秒で地面だということに気づいた。
カカシ、早くと強請ると、少し早口になった。
「A・I・O・O・U・I・O・U」
音しか読み取れなかった。
カカシが顔全体で笑う。尻尾があったらもう千切れているだろう。その頬を両手で覆うとカカシがオレに倣う。柔らかい、温かい。
あ、地面だ。
暗転。