BOX-6

 加速する体に、そういえばここにも重力があるんだよな、と当たり前のことを感じた。
 カカシが何故オレを殺そうとしているのかは分からない。
 オレはうつ伏せになって腹と顔で風を受けた。
 普通飛び降りを行うと途中でショック死するらしいが、今は何とも落ち着いた気持ちだ。
 少しだけ寂しいけれど。カカシともう喋れないことが。
 周囲には何もない。当然だ、ここはこの空間の中ににょきっと生えた塔の、そのまたぐんぐん伸びた梯子から飛び降りた世界なのだから。
 痛いのかな。カカシがオレの手を握った幸福の痛みではなく、きっと冷たい、氷のような痛みなのだろう。それか地獄のマグマのような強大な力による痛みなのだろう。
 遠い昔に感じた、壮大な痛みの記憶に身が竦む。
 と、右手が不意に温かくなった。
 カカシの銀色の髪が逆立っている。こんな状況なのにオレは笑った。
 カカシ、と口だけ動かす。この風の中では呼吸なんてできない。
 カカシは笑って「O・E・N・E」の形を作った。ごめんね。
 死ぬの? と訊いた。
 首が振られる。
「E・U・O」
 べつの。
「E・A・I・E」
 せかいへ。
 行けるの? と訊いた。
 カカシが頷く。
 上を指差し、バツ印を作る。途方もない天上に、カカシは見切りをつけていたらしい。
「U・U・I・A・U」
 読み取れなくてもう一度と強請る。今度は唇の微妙な動きも舌の丸まりも見落とさない。「U・U・I・A・U」。
 ゆうきある。
 ここで、あと数秒で地面だということに気づいた。
 カカシ、早くと強請ると、少し早口になった。 「A・I・O・O・U・I・O・U」
 音しか読み取れなかった。
 カカシが顔全体で笑う。尻尾があったらもう千切れているだろう。その頬を両手で覆うとカカシがオレに倣う。柔らかい、温かい。
 あ、地面だ。
 暗転。



 

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