燃え盛る豪火のような恋をしました。
互いの身体に溺れ、唇を離すのを恐れ、いっそ全てがぴったりと合わさって不変の個体になりたいと願う程の、そんな恋です。
俺達は命のやり取りの間に生まれたその想いに、過剰な夢を見ていたのです。
小さなダイヤにライトを当てて、辺りを輝かせるまやかしを崇めていたのです。
自然、そんな恋は急速に温度を下げました。次に来るのは当然ぬるま湯です。
つまらないふにゃふにゃの、だらりとした脱力感の恋の期間です。
俺はその期間に突入するなり、彼の顔の中心を横切る傷をなんとなく人差し指の腹で押すことに情熱を注いでおりました。
唇なんてくっついててもそうでなくてもどうでもよくなっていったのです。
今までの恋愛も、彼相手程ではありませんがそれなりに熱くなって、それが冷めると同時に別れが来ました。
平たく言えば飽きたのです。
傷を散々いじったら別れ話でもしようかとこれまたなんとなく思案していましたが、ふと彼に質問をしたくなりました。
言い忘れていましたが彼は教師なのです。それもなかなかユニークな思考を持ち合わせた教師なのです。
久々の高揚感が俺を包み、それは少し上ずった声となって彼の耳へと届きました。
「温くなった恋愛には新しい火種が必要だと思いませんか?」
捉えようによっては移り気を許せという実に我儘な主張となります。
彼はふっと口元を綻ばせ、一言も発することなく風呂場へ向かいました。
シャワーの音がします。誘っているつもりならお断りです。傷を圧迫する方がよっぽど楽しいのですから。
俺の浅はかな予想は外れました。
豪快に両の腕と足の裾をまくった彼は、ちゃぷちゃぷと中で液体の揺れる大きなタライを運んできたのです。
バランスを保ちながらがに股でこちらにやって来る彼に少々ムラムラしつつ、俺は努めて平坦な声色を意識して「それは何のつもりか」と訊ねました。
ここで束の間の情欲に押し流されては面白いものを逃す予感がしたのです。
しかし彼は「ここに足を入れろ」と答えになっているのかそうでないのか分からない返答をしました。
それきり急かすこともせず動きません。
足を入れずに問い詰めるのも面倒なので素直に従うことにしました。
彼に対しては極力天の邪鬼な自分を捨てることにしているのです。
ちゃぽん。
――――あ。
「ぬるま湯だ」
「そうですよ。気持ちいいでしょう」
「うん」
指の間と土踏まずがぐにゃぐにゃ解れる心地がしました。
「ぬるま湯でも、気持ち良ければいいじゃないですか。熱いお湯にずっと浸かるのは身体に毒ですよ」
そういってタライの中に右手を突っ込み穏やかな波を立てるのです。
「そうだね」
激しさや熱さに拘った俺は足の緊張と共に霧散しました。
その日のセックスは脱力感の塊でしたが、これが何とも例えがたいくらい気持ちの良いものだったことを言い添えておきます。
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ぬるま湯にだって下がるだけの温度はあります。
三十余年という年月をぬるま湯(命の危機に直面すると一時的に熱湯になったりもしました)の中で共に歩んだ俺達でしたが、
寄る年波には勝てず肌を合わせることもなくなりました。
決して冷え冷えとしている訳ではなくなだらかな空気が流れているのですが、
あの日足を突っ込んだぬるま湯よりは明らかに温度は下がっていました。
足の皮も柔らかくはならないでしょう。
正直彼と離れて新しい刺激を求めるだけの行動力は既にありません。
それでもこの口はぺらぺらと下らぬことを訊ねてしまうのです。
「俺達、冷めましたねぇ」
彼はおもむろに立ち上がると風呂場ではなく台所に向かいました。
何を思ったか先日木の葉丸君の子供に渡すためのケーキに塗りたくったホイップクリームの残りをボウルに空け、それを俺に手渡すのです。
そして一言「螺旋丸の要領で」とだけ告げました。成る程。
そういえば先日のケーキ作りの際はナルトが呼び出されていました。
生きながら里の英雄と称えられる二人をハンドミキサー代わりに使えるのは木の葉広しと言えどもこの先生くらいです。
濃厚な白濁が勢いよく回ります。かつては俺と彼の白濁もこれぐらいの勢いは有していたのですが……まあこの話はいいでしょう。
頃合いを見てチャクラの回転を止めると、ピンと角が立つ程よいホイップクリームの出来上がりです。
「お疲れ様です。コーヒー今持っていきますね」
熱々のコーヒーにホイップクリームを浮かせて二人で飲みました。
といってもホットコーヒーの上ではすぐクリームは溶けてしまうので濃厚なミルク代わりなのですが。
彼はコーヒーカップを洗った後も俺の問いに答えてくれることはありませんでした。
確かに、冷めたものを無理矢理熱しても味が悪くなるだけです。
彼は気づいても知らない振りをしろという無言のメッセージを送ったつもりなのかもしれません。
けれども、寂しい。
俺達を繋ぐ何かがぼろっと朽ちてしまったような、一人血液を抜かれ豪雪の中に放り出されたような、そんな喪失感が浮き彫りになりました。
******
極寒の夕飯を終えて彼はまたコーヒーを俺に出しました。
軽く泡立て直した生クリームを添えてくれます。
温度急降下のきっかけをまざまざと思い出して逃げ出したくなります。
上忍のくせにこんなちっぽけなコーヒーからも目を背けたくなるのです。
しかし俺の中に存在する妙ちきりんなプライドは、視線を外させてはくれませんでした。
「あれ?」
じっと見ていると一つ、違うことがあることに気がつきました。
ホイップクリームが溶けていないのです。
それはそこに堂々と座しており、己の白さに何物も寄せ付けない強さを有した別の何かのようでした。
「コーヒー冷めてますから、クリーム溶けないんですよ」
彼は、先生は、イルカ先生はやはり優秀な教師です。
「冷めててもいいものですね」
「そうでしょう。そんなものです」
二人でしばらく冷めたコーヒーに乗っかるホイップクリームを眺めていました。
俺はたぎる感動の上でそうしていたのですが、彼は違ったようです。膝を鳴らして立ち上がったかと思うと再び台所に行き、
帰ってきた時には手にチョコレートソースを持っていました。
「どうせなら何か描きましょうよ」
「え……汚しちゃうんですか?」
「だってこれたかだか生クリームでしょう。楽しい方がいいに決まってます」
彼の脳内は俺の理解の範疇を越えています。
冷めた俺達を覆う美しく気高いホイップクリームを愛でるのではなかったのでしょうか。
長年隣にいることで誕生した熟した愛をホイップクリームになぞらえているのではなかったのでしょうか。
「へのへのもへじ〜」
差し出されたへのへのもへじの面影もないへのへのもへじと無邪気な微笑みを見て、愚かな俺はやっと気づきました。
嗚呼、これは千年の恋。
そんなものに温度など、実は不要だったのです。
千一夜物語を目指したはずなのにどうしてこうなった。そしていっそ清々しいまでにやおい。
ちなみにホットコーヒーの上にクリームを乗っけてもしばらく持ちますが、話の都合上木の葉のコーヒーではウインナコーヒーが出来ない仕様になっています←
5/22追記:本当は「飽きたかもと思って何かにつけて別れ話を持ち出そうとするカカシを、言葉でもって繋ぎとめ続けるイルカ」を
書こうとしたんです。誰か書いてください。私には無理でした。