うみのイルカはとにかく金が必要だった。
貧乏大学生であるイルカはとにかく実入りのいいアルバイトばかりを選んで日々職務に精を出してきたが、それも限界。
学業との両立を図るために様々な努力をしたものの、とうとうバイト中に大きなミスを犯し解雇されてしまった。
必要な学費まであと30万円ほど足りない。
ボロアパートの一室で目を皿にしてタウンワークを隅から隅まで眺めていたところ、ぽつんと一つの募集記事があった。
『男性下着モデル募集。黒髪で男らしい方。未経験大歓迎。顔出しは致しません』
それはまさにイルカのためにあつらえたような仕事だった。
顔が出ないのならばモデルとして写真が掲載されても全く問題ない。
その下に書いてある『年齢は20代前半、長髪だと尚よし』という文句も自分を指しているかのような好条件だ。
さらになんと言っても『報酬は交渉次第でいくらでも』という文句がイルカを奮い立たせる。
早速記載してある番号に電話をした。
「お名前は?」と訊ねられたので「うみのイルカと申します」と答えたらすぐに採用された。念のため未経験だということも告げたが問題はないようだ。
「何なら今日からでもいい? 自宅スタジオだから住所がややこしくて悪いんだけど」
電話相手の男は相当焦っているようで息が荒い。
役に立てて金も貰えるならとても気持ちがいい。
まさか30万貰えるとはイルカだって思わないが、まとまったお金を頼んでみようと思った。
「構いません、よろしくお願いします!」
男が告げた住所をしっかりとメモにとり、財布とコートを引っ掴んでイルカは埃っぽい玄関を飛び出した。
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「でけえ……」
与えられた住所にあったのは家と呼ぶよりも屋敷という言葉がしっくりくる、そんな建物だった。
外からざっと眺めただけでも、東京に建つ一軒家とは思えない。ぐるりと屋敷を取り囲む塀の真ん中に大きく豪奢な門がそびえている。
金持ちのことはよく知らないが、きっと警備システムが働いていて侵入しようとしたら即捕まってしまうのだろう。罠なども仕掛けてあるかもしれない。
そう思うと壁に触れることさえも恐ろしく、イルカはおっかなびっくり呼び鈴を押した。無論、すぐに離れる。
門の上部には監視カメラ付きで、今頃金持ちなカメラマン、いやこれだけの家に住むくらいだからメイドの一人や二人いるのかもしれない……ともかく知らない誰かに確認されているかと思うとドキドキする。
「うみの君だね、入って」
機械からは電話と同じ男の声がした。そして同時にガシャンと門が開く。
自動かよ!と心の中でツッコミを入れて、イルカは未知なる世界へと足を踏み入れた。
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洒落た庭を抜ける。撮影に使うこともあるのだろう、ガーデンテーブルや珍妙なオブジェが点々と鎮座している。
それを横目にイルカは白い扉の前に辿り着いた。ここには呼び鈴がないので、勝手に開けて入れというのだろうか。
「あのー」
「開けていいよ」
気が引けたので声を掛けると、意外にも扉のすぐ向こうから肉声が返ってくる。
「はあ」
家主に従ってノブを引くと突然の白い光に目が眩む。それがカメラのフラッシュだと気づくのにイルカは若干の時間を要した。
「うん、いい顔」
カメラを構えた男は――――彼自身がモデルになった方が余程絵になるのではないかと思わないではいられないほど、端整な顔立ちをしていた。色白で、髪は日本人とは到底思えない銀色、瞳の色も左右で違う。
細身でも筋肉質な体に流れるように沿うシャツとジーンズ、しかしイルカの普段使っているものとはきっと二桁は違うのだろう。男が着ると余計輝いて見える。
年齢はイルカよりも少し上だろうが、とても若い。自分と天と地ほど違う世界の住人に、イルカはただただ嘆息した。
「ついてきて。急に呼びつけちゃってごめーんね」
男の物腰はとても柔らかだった。どことなく飄々とした印象を受ける。
「いいえ、前の仕事クビになったところだったので助かりました」
「俺も助かったよー。モデルがなかなか決まらなくてね、藁にも縋る思いで求人に出してみて良かった。イメージドンピシャ。俺も初めての仕事だけど、ま、勝手は分かるから」
「はい、慣れない身ですがご指導よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げると男は喉の奥で笑った。
「あはは、うみの君は真面目だね、そういう子好きだよ。我儘なのよりよっぽどやりやすい」
雑談をしながらスタジオまで続く長い廊下を進んでいる間にイルカが得た情報は、男の名前が『はたけカカシ』なのと、今日この屋敷に誰もいないということだった。
******
「じゃあそれ着てくれる?」
「あの……」
眼前の山盛りにされた布の束にイルカは言葉を失った。
「今更嫌だ、はナシね。こっちも切羽詰ってるの」
カカシは聞く耳などないとばかりにガチャガチャと器具をセッティングしている。
ライトの角度などを入念にチェックしていてチラリと見もしない。
「でも、こんなこと一言も……っ」
「下着モデルって書いてたでしょ」
「女性用下着とは書いてませんでした!!」
バサッと無造作に山となってるのはどこからどう見ても女性用の、それもいわゆる『勝負下着』と呼ばれる部類のセクシーランジェリーだった。
色だけでも赤や黒、白、素材もレースから革までよりどりみどりだ。
これを自分が着ると思うとゾッとし、イルカはぶるっと身震いした。
「女性用じゃないよ。男性用ランジェリー。れっきとしたオトコモノ」
これ依頼元のサイト、と渡された液晶タブレットには確かに筋肉質の男達が今イルカの手にあるような下着姿でポーズを決めていた。中には顔を出してSM風の衣装を着用している者もいる。
「こ……こんな……」
それでも着替えようとしないイルカに向かいカカシは面倒そうに、いかにもうんざりしましたと主張するような溜息を吐いた。
「腰低そうに見えてとんだ我儘だね。早く終わらせたいんだったら人を入れるけど? 一応うみの君を気遣ってアシスタント呼ばないで俺一人での作業にしたのに」
「はあ!?」
そんな恩着せまがしいことを言われても知らない。しかしカカシは
「下着姿、大勢に見られるのが好き?」
と言い放ち、うっそりと微笑んだ。
それを言われてしまうとイルカは何も返せない。
言葉が足りなかったとはいえ引き受けたのはイルカ自身だし、カカシは確かに一人では時間の掛かりそうな作業を文句も言わず一人で行っている。器具を動かすのだってタダじゃないだろうし、そもそも時間がないと言っていた。
下唇を噛み締めて「分かりました」と答えると、カカシは「着替えはそのカーテンの向こうで」と指差し、忙しそうな作業に戻っていった。
カーテンをくぐり一人落ち込む。
承諾したとはいえ、色事に慣れないイルカだ。
男性用だと言い張られてもデザインは女性用そのもの。その手のビデオや雑誌御用達の際どいものが並んでいる。
イルカはその中でもまだ体が隠れるキャミソール風のインナーと同じデザインのパンティを身に付け、カカシの前におずおずと進み出た。
「いいじゃん、始めよう」
カカシは流石プロと言うべきか、辱める言葉を投げ掛けるでもなく、ごく淡々とした対応をする。
それがイルカの不安を解消し、カメラの前に立つ勇気をくれた。
炊かれるフラッシュとレフ板に反射する光が徐々にイルカの感覚を麻痺させていく。なんだか一端のモデルになった気分だ。
カカシのカメラが数回シャッターを切った後、「あちゃー」という声が聞こえどうしたのか訊ねてみた。
「ごめん、注文見落としてて。ちょっと乳首立たせてくれない?」
「は!?」
「俺に怒らないでよ、要望書に書いてあるの。下着が一番綺麗に見えるからって。生地が張るんじゃない?」
カカシはイルカに要望書を見せてくれた。成程、確かに記載してある。
しかし、乳首……これまでの人生で勿論意識して立たせたことなんてない。気温の低い日の入浴前などに固くなってるな、と時々気づく程度だ。
「どうやって立たせるんでしょう。やったことなくて」
「そうだよねぇ。うーん、とりあえず女にするみたいに弄ってみたら?」
カカシも当然のことながら知識がないようで首を捻りながらのアドバイスとなった。とにかく摘んで擦ってみるものの、立つ兆しは全くない。
「んー……」
爪を立てたり押し付けたり、こねてみても反応がない。自分の体ながらイルカは苛立ってきた。待っているカカシは尚更だろう。乳首待ちだなんて聞いたことがない。
「立たない?」
覗きこまれてもそこにはぺちゃんこの乳首が一揃いあるだけで、イルカは申し訳なくて小さくなった。
「すみません……」
「仕方ないなぁ」
にゅっと手が二本伸びてきてキャミソールをくぐって乳首を摘まれる。今まで感じたこともない他人の、少し冷たくなった指で刺激され思わず身を捩った。
「な……にをっ」
「手伝ってあげるんでしょ。暴れないの」
きゅっきゅと左右を人差し指と親指の先で抓られる。カカシの指にはいつ塗ったのかぬるっとする液体がまとわりついていて、自分で擦るよりも明らかな快楽がイルカの背を突き抜けた。
「あ、んんっ」
「感じるんじゃん。やらしい。下は勃たせちゃダメだよ」
「いや……そんな、したら」
「え、勃ったの? うみの君は乳首弄られておちんちん勃っちゃうんだ。汚せないし下ろそうね」
抵抗する暇もなくパンティが足からするりと抜き取られ、床に落とされる。イルカの股間は半勃ちで、カカシが脱がさなければ確かに大事な商品を汚してしまうところだった。
キャミソールを首まで上げられ、下半身は何も剥ぎ取られて何も着けていない。
これが女性だったら鼻血ものなのだが、いかんせん自分の身に降りかかっていることだ。
ふと男の乳首と股間を弄りながら息を荒げる目の前の美形のことが気になった。
この男はゲイなのだろうか?
格好良いし金持ちだし、女性がいくらでも寄ってくるだろうに。いや、性癖には関係ないか。
現実逃避がてらつらつらと思考の海を彷徨っていると、不意にぎゅっと股間を握り込まれてイルカは現実に引き戻された。
「よそごと考える余裕あるみたいだけど、こっちはパンパン。一回出してアゲル」
「はぁぁんっ」
言うなりカカシは緩急をつけてイルカを追い上げた。
自慰でもしないような動きにイルカは声を抑えられず、自分じゃないような甘く鼻に掛かったような声を上げてしまう。
「男に下半身弄られて喘いじゃうのってどんな気分?」
「ふ……ひっ――――」
呼吸が詰まり、腹に暖かいものがぱたたっと降り注いだ。精液だ。
「ふふ、いっぱい出た」
数十秒ふうふうと肩で呼吸をしてから、行為の意味を理解しイルカは自分の頭から血の気が引くのが分かった。
ランジェリー姿で喘がされたこと、男の手でイかされたこと、どれを取ってもイルカをパニックに陥れるには十分だ。
「な、何てことを……」
茫然自失、とはこのことだ。
健全なうみのイルカはどこへやら、今は確実に別の世界への進出を果たしてしまっている。
キツいアルバイトをしてまで大学へ通い堅実な将来をせっせと目指していたのに、どうしてちょっとしたアルバイトがこんなことになってしまっているのか。
「だって立たなかったし。立たせたら勃っちゃうし。どうせなら出し切っちゃおうよ。その方が撮影しやすい。俺もいい加減キツいし」
不健全な世界の先住人が再びイルカの股間を触ろうとするので、慌てて振り払う。
「お、オレはホモじゃないっ」
「俺だって違うよ」
「嘘だ! ノリノリだったじゃないかっ」
「そっちもでしょ、アンアン言っちゃって。喘いでない時はうるさいなぁ」
イルカと違い衣服を乱れさせてもいない、ただ一部が張り詰めているだけの男はジーンズの後ろのポケットから薄い何かを取り出すと、ピッとスイッチを押した。二人きりのスタジオ内に響くシャッターの下りる機械音。
「えっ?」
「ランジェリー着けて精液出しちゃってる変態なうみの君、撮っちゃった。デジカメだからすぐデータ飛ばせるよ。ネットでバラ撒かれたくなければギャアギャア言わないでね」
自分の姿を見直すと、ただの変態だ。こんな姿を不特定多数の人間に見られたら――――
カカシは恐怖で口が利けなくなったイルカを、男にしては爪の先まで綺麗な大きな手でくしゃりと撫でた。
「ケツこっち向けて尻の肉割りな」
冷たい声で、告げて。
******
言葉は荒くなったもののカカシは無理に挿入することをせず、むしろしつこい程にイルカの尻を解し続けた。
指で気の遠くなりそうな位慣らされて、感覚が麻痺してきた。
冷たいスタジオの床も二人分の体温で温くなっている。時折股間をカカシのものとまとめて擦り上げられるので寒くはない。
「力抜いて、そう。背中爪立てていいから俺から離れないで」
あまりにも途方もない時間弄られたため、むしろ挿入を心待ちにし始めていたところだった。そっと背中に腕を回すと、ぬっと尻に大きなものが入り込んできた。
そのまま数回ぬっぬっと出し入れされ、さらに奥へと押し進められる。
ゴールが近いことに安心しホッと息を吐く。腹も減ってきた。まだ一枚もちゃんとした写真を撮影していないことに頭が回り愕然とする。明日も来る羽目になるのだろうか
声だけは適当に上げながらカカシが達するのを待った。外だろうが中だろうが既にどうでもいい。終わって欲しい。
カカシは気持ち良さそうに「ああ、スゴい」だの「全部入った」だの漏らす。そりゃ入るだろう、四時間は休まず慣らしていた。
途中何度も入れるように懇願したのだが「淫乱」だの「まさか経験があるのか」だのいらん誤解を生んで中を攻め立てられた。
長かった。しかしついに待ち望んだ瞬間が訪れたのである。
イルカの腹の奥に熱いモノが叩きつけられた。散々出しておいてまだこれだけ勢いがあるのが驚きだ。
「ああ、ヨかった」
カカシは後戯もねちねち済ませた後、甲斐甲斐しくイルカを清めようやく撮影を再開させた。
当然撮影はその日のうちに終わらなくてずるずると泊り込むことになり、荷物をいちいち取りに戻るくらいなら住んじゃいなよと引越しをさせられ、いつしかカカシに仕事を依頼しに訪ねる客人に「ああ、はたけ君の恋人の」と呼ばれるようになった。
イルカが何かおかしいことに気がついたのは大学をカカシの援助で卒業し、ウエディングドレスを着てヴァージンロードを歩いている時だった。