カカシさんは素直じゃない。
「――だから印を組むときには筋肉の自然な流れを意識するのが最適なんですよ。
例を挙げましょうか。まず俺の手を握ってみてください」
「手、ですか?」
カカシさんが当然と言いたげな視線と空いた右手を寄越してきたので、オレは自分の左手で彼の手のひらを包み込んだ。
数瞬前まで着けられていたはずの手甲が外されているのには気づかないフリ。
普段汗なんてかきもしないのに、今繋がった所がじっとりと濡れていることにも気づかないフリ、良くあることだ。
「ああそんなことよりせんせ、この間ね―――」
印の話はどこへ行ってしまったのか。
これも良くあることなのだが、話の内容に興味があっただけにちょっと釈然としない。
少し心のもやもやと格闘しているうちに、いつの間にか恋人繋ぎにクラスチェンジされていた。
上忍の実力をこんな所で発揮するくらいなら、「手を繋ぎたい」の一言で済ませればいいだろうに!
・・・でもまあ、テウチさんのスキンケアの話から印の効率化の話まで違和感なく話題を移したその話術に免じて、意地悪は一つだけにしておくことにした。
「今日そんなに寒いですか?
耳真っ赤ですよ」
あ、余計赤くなった。
おまけに涙目だし。上忍なのに。
「早く帰って鍋にしましょうね」
ぎゅっと握り返せば泣いたカラスがなんとやら、潤んだ右目を和らげてこっくりと頷く様は、三十路男の肩書きに似合わず・・・悔しいけど可愛らしい。
表情はこんなに素直なのに、この人はどうしてこうなんだろう。
夜のお誘いも万事こんな調子だから少々めんどくさい。
襖の張り替えから騎乗位のおねだりへ話を運んだ時にはその展開の巧みさに思わず拍手を送ったものだが、大抵は今日のように途中から力業になる。
だけどそれが嫌かというとそうでもなく。
カカシさんの迂延的お誘いを厭う以上に、脳みそをフル回転させてオレに触れようとしてくれるこの人を好きな気持ちの方が大きいから
「それでね、アスマが紅を池に突き落として満月に向かって」
オレだってそれなりのものを返そう。
「カカシさん」
カカシさんは素直じゃない。
「明日オレ休み取ったんです。カカシさんも明日お休みでしたよね?」
それに気づきつつ素知らぬ顔でちょこちょこ餌をばらまくオレも、大概素直じゃないのかもしれない。
「お、お休みです……」
絞り出すようなカカシさんの言葉への返事の代わりにきゅっと一回手に力を籠めてみれば、すぐに景色が歪んで気づいたら自宅のベッドの上で。
鍋は明日の夕飯で、印の話はその時だなぁ。
いろんな所が元気になったカカシさんに押し倒されながら、そんなことを思った。