「空の星座に憧れて星になった鳥の話を知っていますか?」
カカシは酒に酔うと過去に読んだ本の話をする。
それは有名な本だったり、
教職に就くイルカでも知らないようなマニアックなものであったりとさまざまだ。
今日のカカシが訊ねた話はイルカもよく知っている。
「『よだかの星』ですね」
カカシは嬉しそうに頷くと、とろりとした酒をコップに注いだ。
少し前はカカシに手酌なんかさせられないと慌てていたところだが、今はもうそんなこともない。
階級を越えた友人。
受付を職務とし、アカデミー教師でもあるイルカは元々どの階級にも顔が広かったが、ここまで密な仲になった上官はいなかった。
今日はイルカのアパートで酒を酌み交わしている。
「兄弟もいたけど疎外感を感じていて、結局よだかの精神は孤独だった。一人は苦しいですよ」
そう言ってイルカの手を取る。これも酔っ払ったカカシの癖で、本の登場人物に感情移入してスキンシップを取りたがる。
「でも俺はよだかとは違いますよ。アナタがいます」
そして口説くような言葉を告げる。
「あはは、嬉しいこと言ってくれるんでつまみでも作りましょうか?」
いつもならそのままつまみのリクエストになるのだが、今日は違った。イルカの手を掴んだまま唯一覗く右目で見つめる。
「今日は逃がしません。気づいてるんでしょう?」
いけない、とイルカは叫びたかった。この関係でいいじゃないかと諭したかった。
しかし喉は脳を裏切りその声帯を震わせることはなく、自然黙ったまま視線をぶつけるだけに留まる。
「アナタが欲しい。イルカ先生が傍にいてくれれば俺は星座に焦がれたりなんてしません」
逃げ場のない二人だけの空間で、イルカはカカシに抱き締められた。
空には逃げられない。星にもなれない。
「俺に落ちて」
耳元で囁く吐息が熱い。しかしその声色は掠れて不安げだ。
その懇願は大気圏をぶち破らずに、イルカの張った最後の壁を破壊する。
「・・・・・・もう落ちてます」
イルカも天の星になる気はそもそもなかった。
それこそカカシが話題を持ち出した一冊目から、イルカはずっと彼の引力から逃れられないままなのだから。