火の国木の葉の忍びの里に、一人の青年がおりました。
「イルカ、そろそろ剥けたかー?」
タバコの煙を燻らせて上忍のアスマが声を掛けます。
「無理っスよアスマさん、仕事仕事で相手もいないんだから」
「そうそう、医者行く暇も剥いてくれる女もない。『皮被り』記録更新ー」
コテツとイズモも便乗して囃し立てます。
その中心で俯いている彼の名はうみのイルカ、皆からは『皮被り姫』と呼ばれていました。
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「今日も皆皮被り皮被りって、好きで被ってるんじゃない!」
一日中からかわれ続けたイルカはぷんすかと頭から湯気を立てながら一人ぼっちの家へと帰ります。
ただいま、と呟いても返事があるわけでもなし。
慣れっこのイルカは部屋の隅をちょろちょろとする鼠に話しかけるのが日課となっていました。
「なあお前、俺のこと好きな人を連れてきてくれよ」
鼠が返事をするわけありません。イルカは続けます。
「俺のこと好きになってくれる人ならきっと俺も好きになれると思うから」
イルカの半分本気な願いも空しく、鼠はひゅっと壁の穴に隠れてしまいました。
「あーあ」
そのまま不貞寝をしてしまったイルカは気づきませんでした。
壁から天井へ駆け上った鼠が、煙を立てて怪しい風体の上忍になったことを。
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上忍は魔法使いでした。
といっても忍術以外使えない魔法使いです。
三十歳を超えても何とやらというアレです。
上忍は非常にモテモテでしたが、
床上手という噂が下手に広まってしまったため女性にうかつに手を出すことも出来ず、右手が恋人な日々を送っていました。
好んだ相手もいなかったため特に不自由に思ったこともなかった上忍ですが、ついに恋に落ちたのです。
男で、朴訥で、皮被りのうみのイルカに。
忍びの実力をフルに活用して受付で聞き耳を立てたりこっそり後をつけたりして情報を集め、
とうとう鼠に変化して自宅に入り込むというストーカー人生まっしぐら。
けれどもそんな上忍に思いがけないチャンスが降って湧きました。
(俺俺、おれーーーっっ)
そのまま天井を突き破りたいくらいでしたが主に下半身をぐっと堪え、上忍らしく瞬身の術で登場することにしました。
突如部屋に煙が上がり、中忍なだけあってイルカは身構えましたが、相手が見知った上忍だと分かると目を丸くしました。
「カカシさん、何か御用ですか?」
上忍の用は主にイルカの下半身を剥くことと脱魔法使いです。最終目標は永遠の伴侶です。
しかしそんなことをおくびにも出さずしれっと首を傾げます。
「いえ、鼠を追いかけていたらいつの間にかここに」
鼠という単語にイルカがぴくっと反応するのを確認して、覆面の下でほくそ笑んだのは秘密です。
「あの、カカシさんは……もしかして、いやいやそんな訳」
一人でおぶおぶするイルカの愛らしさといったらありません。一言でいえば股間痛い。
押し倒したい欲求をひとまず右脇腹に押し込めて胡散臭い微笑みを顔面に貼り付けて告げました。
「イルカ先生、皮被りなんですってね」
当然ながらイルカの動きが固まります。
カカシは気にも留めず続けました。
「俺、痛みなく完璧に剥く術コピーしてますよ」
ソレを、と下半身を指差すと、イルカの絶望を映していた瞳が期待の眼差しに変わりました。
「本当ですか?」
「勿論。先生が俺を恋人にしてくれたらね」
皆さん、これが詐欺師のやり口です。
「え……?」
「俺先生好きだから、悩み取り除いてあげたいんです」
「でもカカシさん男性だし、剥いてさえもらえれば」
カカシが鼠に変化していたことは秘密なので、先程のイルカの台詞をあげつらうことは出来ません。
先生の嘘つき、と内心愚痴りながら、カカシも対抗して嘘をつくことにしました。
「この術は体を重ねないと発動できないのです」
「え!?」
「しかし俺は先生と親友と父親と母親と爺さんと婆さんと近所のおじさんの遺言で、永遠の伴侶としかエッチをしてはいけないのです」
「そ、そんな……」
「という訳で一生寄り添う人としか俺はエッチはしません。エッチしなければこの術は掛けられません」
イルカは唇を噛みました。
鼠が連れてきたカカシは剥く代わりに物凄い要求を突きつけてきます。
イルカにはそっちのケはないのでどう断ろうと思案しました。
その嫌な間に気づいたのが上忍です。逃げ場をなくすことにしました。
「ちなみに今日の12時までに術を掛けないと、イルカ先生のソレは一生剥けません」
「ええっ」
「もうチャンスは訪れないんですよ」
キャッチセールスってこういう手口です。気をつけましょうね。
イルカは頭を抱えて低く唸りました。
カカシに言われると何故だか本当のような気がしてきたのです。
一生皮被りでいるか、一生目の前の男と添い遂げるか。
選ばなくてもいい二択を選ばされたイルカは、ついに心を決めました。
「か、カカシさん……」
言葉が告げられなくて見上げるだけとなりましたが、その答えはしっかりと上忍に伝わりました。
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そこからは嵐のようでした。
魔法使いなだけあって上忍の知識は本に基づくものでしかないため行為が全て早急で、
どさくさに紛れて皮が剥かれたのも気づかずイルカは翻弄されました。
皮を剥いた方法も写輪眼の一切関係ない、その気になればイルカでもできるような医療用忍術の応用だったのですが、そんなことに気づける状況ではありません。
滅茶苦茶に愛されてそのうちイルカは気絶しました。
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ボーン、ボーン。
壁掛け時計が十二時を知らせます。
ぐったりと気を失っているイルカに上忍は愛を囁き続けました。
「スキ、アイシテル。もう離さない」
時計が半周するまで唱え続けました。
結果、目覚めたイルカはなんだか上忍に恋をしているように思えてきたのです。
もうお分かりですね、洗脳です。
「あんなことされて気づくっていうのもおかしな話ですが、オレ貴方のこと好きみたいです……」
頬を桃色に染め、伏目がちになったイルカは恥じらいながらそう告げました。
「せんせ……」
上忍の体は悦びに打ち震えます。
「オレのこと、捨てないでくださいね?」
ああ、そんな可愛いことを言ってしまって、どうなっても知りませんよ。
「そんなこと絶対ありえません!」
案の定上忍は元気一杯になってしまいました。
「カカシさん……」
「イルカ先生……」
熱の篭った瞳がぶつかります。
それから三日三晩、二人だけのめくるめく舞踏会が開催されたのでした。
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「ようイルカ、剥けたかー?」
「はい、剥けました」
「そうかそうか……ええっ!?」
自分達のからかいが純朴なイルカを蛇の道へ導いてしまったことを、アスマとコテツとイズモは大そう悔やんだそうな。
「いのいちさんを呼べ!」
「いや、イビキだ!」
おしまい。
どこがシンデレラだ。