「はたけ上忍!」
「いいから行け、ここは俺が何とかするッ」
土遁で作った抜け道に仲間達を突き落とし穴を塞いだ。
さて、俺をぐるりと囲む敵忍をどう片付けよう。
ざっと気配を探ると木の上に上忍レベルが五人、
地上に中忍レベルがその五倍ってところだろうか、
ここまで木の葉の忍びを追い込むぐらいだからどいつも相当の手練に違いない。
でもここで死ぬわけにはいかないよ。
昔の俺ならここで自爆でもしたかもしれない。
火薬の臭いと突き抜ける青い空の中で、
オビトから貰った目を他人から守り抜いて死ねるなら上等だと思っていた馬鹿な時代があったのだ。
今俺の頭の中の選択肢に自爆の二文字はない。そんなことするくらいだったら死んでやる!・・・あれ?
出立前に指切りを交わしてきた左の小指はどこかに落としてきてしまったけど、
きっと後で誰かが見つけてくれるだろうし、なかったら自分で探しに行く。
指が五本ないとイルカ先生と恋人繋ぎした時に物足りないからね。
なくしたけれど絡んだイルカ先生の温もりは覚えている。大丈夫、俺はいける。
俺は跳んだ。首を刎ね心臓を一突きにし、脳を抉り出すために。生き残ってあの人の下へ帰るために。
******
樹木の根元に潜り込み、一時的に仮死状態になるための丸薬を取り出す。
敵忍は殲滅完了、但し俺には指の一本を動かせるかどうかというほどのチャクラしか残っていない。
でもこうしてまだ生きてるから、じきに回復してまたイルカ先生のところに帰れるよ。
それまで泣かないで待ってて。
******
目を覚ましたのは突然だった。今がいつだか分からないが太陽は天辺をちょうど過ぎたところだ。どれ程の期間俺は眠っていたのだろう。
掌を開閉してみるが特に筋肉の問題もないようだった、チャクラも充実している。
帰ろう。
俺は式を里に飛ばして一目散に駆け出した。
******
「何やってたんだい!早くイルカを追いな!」
里に着くなり五代目に叱り飛ばされた。ナルト達も集まり早く早くと急かす。
「イルカ先生に何かあったんですか?説明をお願いします、あとついでに指があったら返してください」
五代目は舌打ちをしてあっという間に俺の小指をくっつけた。その間にシズネが説明したことの内容は俺が任務に出てから半年が経過していることともう一つ。
「で、イルカ先生が自殺しに行ったって言うんですか?」
んな馬鹿な、というのが俺の意見。皆がそんなに焦ってるのがちょっと滑稽だった、だって約束したから。
「イルカ先生ってば皆にカカシ先生が死んだって言われてから変だったってばよ。マフラーとか編み始めてるし、それが終わったら投網作るって言うし」
「投網?」
「マフラーよりもそっちの方が出来良かった!ってそんなことどうでもいいんだってば!早く!」
あの人、魚でも捕りに行ったに違いない。
「捜索隊は?」
「とっくに出したが痕跡がまるで掴めない。嫌味なくらい優秀な奴だよまったく」
そう、イルカ先生はとても優秀だ。
チャクラコントロールだって印の結び方だってお手本のように美麗で、
アカデミーの校庭で生徒達相手に術を教えている時は
暗部がこっそり見に行くことだってある。
アカデミーのイルカ先生は俺の恋人になる前は、『受付の癒し』と『お手本忍者』として有名だったのだ。
「そりゃ俺しか無理ですね」
何も、俺の鼻が利くからとかそういう理由ではない。
言うなれば愛の力、分かりやすく言えば高精度のイルカセンサーによって俺は何があってもイルカ先生の元へ辿り着ける。
「イルカが待ってるぞ」
「御意」
俺の帰る場所に順位を付けるとしたらぶっちぎりの一位はイルカ先生の隣なのだから、まだまだ休むわけにはいかなーいね。
******
あ、こっちだと感じた瞬間イルカ先生の匂いと共に潮風が吹いてきた。海へ行ったのか。方向からも確信はしていたけれど、やっぱり俺の推理は正しかった。
チャクラが有り余ってるのでどんどん駆ける。先生はどうやら歩いて海を目指したらしく、俺のセンサーが道筋通りにガンガン反応する。
あと少しだ――森を抜け、海へ出た。
見つけた。
俺が再三頼んで編んでもらうのを了承してもらったえんじ色のマフラーを着けて彼は佇んでいる。ずっとずっと会いたかった人。
「しょっぱい」
潮風が?と思ったら両目からぼろぼろ涙が零れている。泣かせたくなかったのに。
「しょっぱいよ」
その声があまりにも悲痛で、つい俺は声を掛けてしまった。
「あと一日くらい待ってなさいよ、そうすりゃ塩分過多にもならなかったのに。
あーあー俺のマフラーこんなに濡らしちゃって」
俺の、というところをつい強調してしまった。
イルカ先生がじぃっと俺を見つめてくる。潤んだ瞳でそんな風にまじまじ見られると半年分のもろもろが溢れ出しそうで困る。
「かかしさん?」
どこか信じていないような、夢に話しかけるようなそんな物言いだった。
「はーい?」
「かかしさん」
今度は俺の名前を思い出すかのような言い方。
「ごめんね、遅くなっちゃって。これでも急いで帰ったのにイルカ先生里にいないんだもん」
「・・・カカシさん」
ああ、やっと呼んでくれた。貴方が紡ぐ特別な俺の名前。
「小指、なくしてたやつ五代目がくっつけてくれたからまた指切りげんまん出来るよ」
「ばか」
イルカ先生が海を眺めながら流していたのと一緒に、違う種類の涙を両目から落とす。
目を瞑って涙を止めようとしているのが可愛くて、つい顔を近づけてしまった。
瞼が開かれる。ただいま、イルカ先生。
俺はだらしない表情のまま愛する人に口付けを落とした。涙でしょっぱいはずなのに、ひどく甘い。
「イルカ先生のせいだ」
それをイルカ先生はしょっぱさのことだと取ったらしい。
「潮風のせいです」
違うよ、貴方と俺の愛の深さの味だよ。そう言いたかったけど、拗ねた先生の唇があんまりにも可愛かったから話に乗ることにした。
「イルカ先生の涙の味でしょ?」
「もう黙ってください」
今度はイルカ先生から唇を寄せてくる。俺の味、ちゃんとしたかな?
******
帰り道に不埒なマネをしようとすると容赦なく鉄槌が下った。コートが汚れるのが嫌なんだそうだ。
先生がこのコートを気に入っているのは俺が「似合う」と言ったからだと知っている。
買い換えようとしていたけど似合ってたしまだ使えそうだからと投げ掛けた一言を大切にしてくれるのが
この人の数え切れないほどある可愛いところの一つだ。
ゆっくり二日かけて木の葉の里に到着した。俺は一回帰って来ているはずなのに何故かやっと帰って来られたという気分になる。
そうか、最初はイルカ先生がいなかったからか。
イルカ先生は帰るなりたくさんの人にもみくちゃにされていた。五代目なんて涙を堪えている。
「そういえば俺イルカ先生が自殺するかもしれないから連れ戻して来いって言われてたんだった」
「そんなことするわけないじゃないですか。カカシさんが帰ってくる前に時期外れの秋刀魚を密漁してこようと思ってただけなのに」
はい正解。結局何もせずに帰ってきたわけだけど、頑張っても秋刀魚は取れなかったと思う。
「俺が死んじゃったかもとか疑わなかったんだ」
「疑わなかったけど海ではちょっと感慨に耽りました」
先生が感慨に耽っている様子をじっくり反芻してたら「聞いてんのかいカカシ!」と五代目に怒鳴られた。
弁当を買って帰宅する。イルカ先生は明日鍋を作ってくれると言ってくれた。久し振りの手料理が待ち遠しい。
茶を啜って一息つき、風呂に入ってからイルカ先生を半年分堪能した。
コートが云々と言い訳を並べ立てていたけれど、本当は『二人の家』でこういう触れ合いを誰にも邪魔されずにしたかったから拒んでいたんだと思う。
やっぱり我が家っていいな。
抜かずの三発の後もこれでもかとお互いを貪りあって、繋がったまま眠った。
起きてから他愛のない話を喋り倒した。頭を通した会話なんて一つもないけどイルカ先生の声が俺に答えてくれるだけで幸せ。
イルカ先生は四日前に狸をなんと半生で食べたらしい。
お腹を壊したら大変だから一応注意をしたけど、多分守らないと思う。イルカ先生はレアの肉が大好物なのはとっくの昔に把握済みだ。
山ほど中身のない話をした。中身はなかったのにどれも大切だという不思議。
イルカ先生と交わした言葉は全部大事だと突然感じたのはこの時だ。
同時に体の中に広がる原因不明の焦燥感、何故だか俺は訳も分からずマフラーを掴んで自分に巻きつけた。
イルカ先生の匂いだ。
貴方は全部俺のだから、代わりに俺を全部あげるから、会話の端っこまで全て。
溢れ出た感情はマフラー越しに空気を吸うと少し凪いだ。どうして先生の匂いってこんなに安心できるんだろう。そのまま喋ろうと口を開くと舌に味を感じる。
「二種類の塩味がする。感慨の味だね」
焦りが和らぎ俺は口の端で笑った。イルカ先生が側にいない俺を思って流した涙と、隣に立つ俺を思って流した涙の味がひどく甘い。
「・・・いじわる」
ごめんね、ずっと隣で謝るから最期の時まで側にいて。
どこかずれてるカカシ先生。そしてイルカ先生よりも思考が更に乙女チック。