つつがなく猫探し任務を終了させ、さっさと報告書を提出して飯でも食いにいくかなどと思案していると、サスケとナルトがこそこそと何か話し合っているのが気になった。
「サスケ、イルカ先生が今日鍋にするから来いって」
「ああ、お邪魔する」
どうやらアカデミー時代の担任のイルカ先生の夕飯にお呼ばれしているらしい。
仲良しだねーとそのまま聞き流そうとしたが、続きの会話に若干引っ掛かりを覚えた。
「麦茶とスポーツドリンクの水筒三本で足りると思うか?」
水筒?
食事に呼ぶくらいだからイルカ先生もケチじゃないだろうし、飲み物くらい出るだろうに。
「ドリンクを一杯目以外辞退すれば大丈夫だろ。今日飲み物が足りなくなってもやらんからな、ウスラトンカチ」
「うう、多めに持ってく。にしてもこないだのサスケの麦茶うまかった!あん時はサンキューな!」
ナルトがサスケに素直に礼を言っている。正直驚きだ。
「うちは秘伝の特製ブレンドだから当然だ。だがお前のスポーツドリンクの濃さも大したものだぞ」
サスケもナルトを褒めている。忍術関係ないけど。
「へへっ、伊達にイルカ先生の飯何年も食ってないからな!」
どうせ認め合うなら忍者としての技量をもうちょっと……いやもう俺は何も言うまい。
二人の褒めあいを俺と同じく横で聞いていたサクラが困った笑顔を貼り付けて会話に入っていった。
「二人とも大変ね。……イルカ先生のご飯は美味しいし、皆と食べるのは楽しいけど私はいつも通り遠慮しておくわ」
「それがいいってば。サクラちゃんは女の子だから〜って先生にも言っておいたし」
「ありがとう、ナルト」
サクラまで……!
どうやらイルカ先生との食事にまつわる『何か』はこの意地っ張りの塊の子供達に仲間意識と思いやりを持たせるらしい。
気になる、気になるのにこんな時に限ってもう任務受付所の前、解散だ。
「よーし、本日の任務終了」
結局イルカ先生の『何か』の正体はまったく掴めなかった。
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そんな出来事があって数日、イルカ先生を気にするようになっていたらいつの間にか別の意味で『気になる人』になっていた。
会えば七班絡みの話をするし大人同士飲みにだって行く。
彼は話し上手の聞き上手で一緒にいて苦にならないタイプだった。
特に酒を飲みながらの百面相にはおひねりを投げたくなる。
一緒にいる時間を増やしてみたものの、「ラーメンがとにかく好き」ということ以外に収穫は無かった。
イルカ先生は飲みに行った後必ずラーメンを食べに行く。
注文したら最後スープまで残さず、だ。
唇のまわりをスープでテラテラさせて「満足ですー」とぽんぽん腹を叩く姿に「抱き締めたら気持ちいいだろうな。キスしたら絶対ラーメンの味だ」と思ったのが恋心自覚の瞬間だったりする。
もっと近づきたい。
少し前までは『何か』を明らかにすることが目的で近づくことは手段でしかなかったのに、今はその目的がどうでもよくなっている。
一番彼に近い人間になりたいと願う俺がいる。
イルカ先生は誰にでも優しい人だけど、自分のテリトリーである自宅に入るのを許すのは実は子供達だけだ。
入ってみたいな。
男の一人暮らしだし夢は見ていないけど、イルカ先生で溢れているってだけで幸せな気分になれそう。
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一途な思いを胸の奥で燻らせていた俺に千載一遇のチャンスが訪れたのは、アスファルトで黄金のパラパラチャーハンが作れそうなくらい暑い夏の日だった。
「あー、カカシさんこんにちは! お帰りですか?」
イルカ先生の笑顔はうだるような熱気も吹き飛ばす。チャクラでも練りこんでるんじゃないだろうか。
「はい、アイツら仕事が早くなって、前だったら暗くなるまで掛かってた任務をこの時間に終わらせられるようになったんですよ」
「それは良かったです。それにしても暑いですねー……」
目を細めて二人で太陽を睨む。途端里を融かしそうな勢いの熱風が吹いてきて二人でうめいた。
「うわー…ビールがうまいでしょうね、こんな日は」
喉だってカラカラだ、出来ればこのまま先生と飲みに行けたらなという希望つきで話題を振ってみたら、思わぬ方向に転んだ。
「あはは、まだ明るいじゃないですか。そうだ、俺ももう仕事終わって帰るだけなのでうちに来ませんか? 冷たいものでもお出ししますよ」
な、なんだって!?
「えっ、い、いいんですか?」
俺としたことが驚きすぎてどもってしまった。
でもでも、だってイルカ先生の部屋だ。イルカルームだ、いやイルカ天国だ。
ていうか俺とイルカ先生の将来的なイチャイチャパラダイスだ。
「オレとカカシさんの仲じゃないですかー」
先生は俺を喜ばせる言葉と全開の癒しオーラをどんどん吐き出しながら「行きましょ行きましょ」と俺を引っ張っていった。
周囲の熱気なんてとっくに吹き飛んで、むしろこの世のうだるような暑さは俺の体から放出される熱なんじゃってくらい興奮した。
上忍のプライドにかけて手汗を意地でも出さなかった俺を誰か褒めて欲しい。
******
「狭くて汚いですが、どうぞくつろいでくださいね」
荷物は多いけど決して乱雑ではなくきちんと片付いた部屋だった。彼の性格が滲み出ている。
二人で暮らすには手狭かもしれないけど、この方が自然とくっ付けていいかもしれない。
俺の脳内では既に同棲までのプロセスが事細かに再生されていた。
合鍵にはイルカのキーホルダーをつけることにする。
ベッドのサイズを決めていたところで台所のイルカ先生から声が掛かった。
「カカシさん何飲みますかー?」
「なんでもいいです、冷えてれば」
この部屋の空気だけでもお腹一杯胸一杯です。
「じゃあ一押しの一楽にしますね!」
―――――は?
一楽ってラーメン屋の?
「龍龍亭とも迷ったんですけど、一番美味しいのは一楽ですから」
声を弾ませたイルカ先生がおぼんに二つのコップを乗せてやって来た。
表面に汗をかいた硝子のコップには茶色っぽく油の浮いた液体が注がれている。
マサカコレハ。
「じゃ、カンパーイ」
俺は無理矢理笑顔を作り一口飲みこんだ。
瞬間、記憶の片隅に追いやられていた『イルカ先生の何か』の謎が解けた。
水筒、俺も常備しよう。
ニコニコ邪気のない笑みを向けるイルカ先生の前でコップの中身を渇く一方の喉に押し込みながら、俺は決意を固めた。