【ござるカカシ】

「イルカ殿と飲む酒は美味いのでこうしてご同伴願ってるのでござるよ」
この人に言われると、どんな言葉も嘘でなく聞こえるなあとイルカは感心した。
だから、その通り口に出した。
イルカの目の前で白く濁る酒を注いだ猪口を傾けているのは業師と名高い写輪眼のカカシである。
彼を一言で表せば「木の葉の里一忍者している忍者」だろうか。
エロ本を所構わず読んでいるように見せているが、それは表紙だけであると知ったのは先日のこと。
古い忍術学の写しで教職であるイルカでさえも頭の痛くなる内容だった。
「それは真でござるか?」
カカシが手を止め、イルカを見つめる。普段隠されている口元が晒されているが、それもきゅっと結ばれている。
ほんの感想のつもりだったのだが何故カカシはこんなにも真剣なのか。
首を傾げながらもイルカは「はい、冗談も事実に聞こえます」と答えた。
その返事を聞いたカカシは頬を紅潮させ「やっと、ああ、左様でござるか」ともごもご独り言を言うなど珍しく落ち着かない様子である。
「どうかしたんですか? あ、オレ失礼なことを?」
「いや、逆でござる……先ずは一つ、昔話を」
仕様のない話でござるよ、とカカシはイルカの猪口に酒を注ぎながら相好を崩した。


******


とある所に仕事は出来るものの私生活のだらしない男がいた。普段の男は軽く女性を誘い、冗談をぺらぺらと垂れ流し、川の流れに身を任せるように生きていた。
そんな彼が、ひょんなことから真面目で実直なある男に身を焦がすような恋をする。
しかし男はこれまで本気で誰かを愛したことがないから、とにかくきっかけをといつものように想い人を誘い、酒の席を共にした。
それを繰り返し良好な友人関係を築き上げた所で誠心誠意の告白をした。しかし、想い人はくすくすと笑い「また冗談を」と本気にしなかった。
何度も何度も想いを伝えても決して真実と受け取ってもらえなかった男に想い人は、「その冗談ちょっとしつこいですよ」と眉を顰めるようになった。
「お願い信じて、冗談じゃないんです」「……仮にそうだとしても、どうしてもオレは貴方の言葉を信じることができません」そのやり取りを最後に徐々に二人は疎遠となった。
ある日数ヶ月振りに二人が再会したのは悲劇にも戦場で、想い人が男を身を挺してかばった時だった。
どうしてと泣き叫ぶ男に想い人は、絶えそうになる声を絞り出しこう告げた。
「信じたかったけど、信じられなくてごめんなさい。オレも貴方を好いていました」と。
男は悔いた。今までの人生を、己の言葉の軽さを恥じた。殺戮を止め、出家をし、願った。「どこか別の世界の自分は、このような悲劇に陥らないように」と。
話を終えたカカシが猪口を呷りイルカに視線を戻すと、いつもキリッと凛々しい眉が八の字を描いていた。
「切ない話ですね……相手の人も、言わずにはいられなかったんでしょうけど、こう」
「愛情が深いお人だから、嫌っていると思われたまま死ぬのを厭ったんでござろう」
「え、お知り合いだったんですか?」
イルカは身を乗り出しかけたがカカシは曖昧に微笑み歌うように語った。それこそ懐古をするかのように。
「真面目で実直で、生徒思い。どんな子供にも等しく愛を注ぐその笑顔が眩しく、男はそのお人の一番を強く欲したそうでござる」
生徒という単語に「教師……?」と問い掛けるも、正解は貰えない。
ただカカシはどこか遠くを眺めるが如く右目を細め、呟いた。
「拙者もその男と同じ理由で恋に落ち、同じように身を焦がしている最中でござるよ」
つまらない話をして申し訳ない、とカカシは話を切り、イルカが言葉を探す間に店員を呼んでつまみを追加し始めた。
ただの戯れのように終わらせたカカシにイルカは何も追求することはなかったが、最後にカカシがぽつりと零した誰かへの恋心に、チリチリと心のどこかが燻るのを感じた。



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