子供といふもの

 カカシさんは優秀な忍びだ。外では。
 今までは常に周囲から求められてきた「なんでもできちゃうはたけカカシ」の仮面を被ってきたそうだが、 オレと付き合うようになってから、二人っきりのときはかなりの甘えっ子になってしまった。
 「イルカ先生といる時だけ、すごく心が楽だし幸せなんです」なんて、綺麗な顔をふにゃふにゃにさせて言われたら誰だって許すだろう?
 オレはそんなカカシさんを受け入れているし、当人も楽しそうなので何も問題はないと思っていた。
 今日までは。


「カカシさん、火ィ止めて貰えます? オレ風呂洗ってきますんで」
「はいはーい」
 受付で大量に野菜を貰ったので今日の夕飯はポトフにした。少し前までは時間の掛かる料理だったけれど、今は活力鍋で煮込んでちょちょいのちょいだ。
 コールスローサラダはとっくに作って冷蔵庫で冷やしてあるし、スープはインスタントのコーンポタージュがスタンバイ済み。 パンにしようかと少し悩んだけれど二人ともご飯党なので米を炊いた。先程完了のメロディーがなった所だ。
 あとは鍋の圧が抜けるのを待つだけだった。
 オレは食事の支度の前に風呂中に振りまいておいた洗剤を軽く擦って流す、それだけだったのに。
 バァンッッ
 台所から響いた爆発音に、頭は真っ白になりながらも体が反応した。
「カカシさん!?」
 敵襲かもしれない。
 カカシさんは高名な忍びだ。ビンゴブックにも載っており、常日頃命を狙われている。
 忘れていたわけじゃなかった。だけどオレは日和っていたのかもしれない。
 捲くったズボンの裾もそのままに台所に飛び込むと、そこは目も当てられないような惨状だった。
 天井や壁に飛び散った野菜、吹き飛んだ鍋や薬缶。放置していたコップにもヒビが入っている。
 床に転がるひしゃげた活力鍋の蓋の隣に、手の甲を押さえて蹲るカカシさんがいて慌てて駆け寄った。
「怪我してるんですか!? 敵はどこから?」
 カカシさんは呻きながら、赤く腫れた右手から左手を浮かし、すぐそばの一点を指差した。
 鍋の蓋の所だ。
「床下から奇襲にあったんですね?」
 土遁使いだろうか。そういえばエンディングでヤマトさんが地中から出てくるシーンが放映されていたけどあんな感じかもしれない。
 右手の治療をする一方で火影様に送る式の準備をしながら訊ねたのだが、 カカシさんは目尻にこんもりと涙を浮かべてふるふると首を振った。
「鍋が……」
「え、鍋の中にいたんですか?」
 なんて敵だ。時空間忍術だろうか。
 オレの予想も空しく、カカシさんはしゃくりあげながら呟いた。
「鍋の中、夕飯なんだろうって覗こうとしたらいきなり……」
 ―――オレは式を放棄し、カカシさんの頭にゴチンと拳骨をお見舞いした。
「な、なんで!?」
 色違いの両目をチカチカさせて頭を抱えるカカシさんだったが、「なんで」と言いたいのはこっちの方だ!
「アンタねぇ、活力鍋の蓋はオレがいいって言うまで開けちゃダメっていつも言ってるでしょうが!!」
「だ、だって……」
 カカシさんは唇を尖らせて黙りこんだ。思い当たったのだろう。
 それもそうだ、活力鍋を使った料理をする時は口をすっぱくするほど言い聞かせているのだから。
 家でのカカシさんは子供っぽくなっているため好奇心の塊で、何の躊躇もなくいろんなものを弄ってしまう。 夜の生活に日常の物を持ち込むのもよくあることだった。ってそれはどうでもいい。
「鍋の中にかなりの圧力がかかってるんですって話したでしょう!?」
「俺、上忍だから平気かなって……」
「そういう問題じゃない!! ああもう、大事な右手怪我した上に、メインディッシュもパーですよ? カカシさんの好きなポトフだったのに!」
 夕飯を明かせばカカシさんは目に見えて動揺し、あわあわと擦り寄ってきた。
「ええっ? せ、せんせ、もっかい作るのは?」
「ダメです、反省しなさい!」
「そんなぁ……」
 本当にビックリしたんだから。カカシさんが死んじゃったらどうしようって。
 心臓が弾かれた衝撃が癒えるまで、オレはつーんとそっぽを向き続けることに決めた。
 どちらが子供か分からないって?
 きっと二人とも子供なんだ。
 だって子供は意地を張っていてもすぐに仲直りするだろう?



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